九回目の自画像

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九回目の自画像

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 夢の中で私は、いつも同じ部屋に一人で立っている。部屋には窓がなく、唯一の光源は、中央に置かれた古びたランプだけ。ランプの光は弱々しく、隅々まで照らすことはない。壁はひび割れ、剥がれかけた壁紙が不気味な模様を描いている。床には埃が積もり、足を踏み出すたびに微かな音が響く。


 夢の中で私は、いつもと変わらず、中央に置かれたランプの前に立つ。ランプの光は弱々しいながらも、私を温かく包み込む。

 私はランプの光をじっと見つめ、その中に何かを見つけようとするが、ランプの光はただそこにあるだけで、何も映し出してはくれない。


 夢の中で私は、いつもと変わらず、隅に置かれた古びた鏡の前に立つ。

 鏡には私の姿が映っているが、それは私ではない。鏡に映っているのは、見知らぬ誰かの姿だ。その人物は私に背を向け、何も語りかけてはこない。


 9回目の夢を見た翌朝、私は決意した。この夢に隠された意味を解き明かさなければ、私は永遠にこの悪夢に囚われたままだろう。私は古びたランプと鏡、そしてひび割れた壁紙を探し求め、ついに夢とそっくりな部屋を見つけ出した。


 部屋に入り、ランプを灯した瞬間、全身を悪寒が駆け抜けた。

 夢で見た光景が、寸分違わず目の前に広がっている。壁のひび割れ、床の埃、そして、あの古びた鏡。

 私は、まるで操り人形のように、夢で何度も繰り返した行動をなぞり始めた。一歩、また一歩と、鏡に近づく。そして、ついに鏡の前に立った時、魂が引き剥がされるような眩暈に襲われた。

 鏡に映っていたのは、見慣れたはずの自分の顔ではなかった。そこにいたのは、過去の私が置き去りにしてきた、弱く、傷ついた私の姿だったのだ。


 私は、過去のトラウマという名の怪物から、目を背け、逃げ続けていた。夢は、その怪物が潜む暗闇へと私を誘い、向き合うことを強いていたのだ。


 私は、鏡の中の自分自身に語りかけた。

「もう逃げない。過去の私、ありがとう。」

 すると、鏡の中の私は微笑み、ゆっくりと消えていった。

 部屋の光が強くなり、窓のない部屋に朝日が差し込む。私は夢から解放されたことを確信した。


 あの夢を見ることは、もう二度とないだろう。

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