呪いとおまじない

星来 香文子

9回目

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 理由はわかっている。

 これは、呪いだ。

 それも、やり方を間違えている――――というより、やり方がめちゃくちゃだから、成功していないというべきか……


 本来なら、この呪いをかけられた人間は、9回も同じ夢を見ない。

 せいぜい、3回くらいだろう。

 3回目くらいで、何度も同じ夢を見るんだと誰かに話すようになり、その直後に不慮の事故だったり交通事故なんかがちょうどよく起きて、「呪われていたんだ!」っと、噂になる。

 というのが、この呪い特徴である。

 最初は人を怖がらせたいと考えたどこかの誰かが、悪戯で広めた呪術だった。


 ところが、それがどこかで正しく伝わり損ねたようで、順番か、もしくは用意するものか……とにかく、どこか間違えているせいで、俺が誰かに話したところで、何も起こらないのである。

 そもそも、誰にも言っていないが、俺はもともとそういう呪術を扱っていたような家系の息子であり、幼いころからいわゆる霊感といわれているものがある子供だった。

 ちょっとやそっとの呪いなんて、効きやしないし、対策方法もわかっている。

 ただ、それが、間違った呪術となってしまっているせいで、どう対策するべきか、非常に迷うところである。


 しかも、俺にこの呪いをかけている相手が、俺との恋を成就させるための恋のおまじないだと勘違いしていることが分かっているから、なおさらだ。

 殺そうとしてかけている呪いであるなら、跳ね返してむしろ呪いを返してやればいいのだが、彼女は俺に好意を寄せており、決して殺そうとして行っているわけではないのである。

 何かの雑誌だったか、ネット記事だったかに、本来の呪術とは少し違った形で『好きな人が必ず自分の夢を見てくれる』だとか『縁結びのおまじない』だとかで間違ったものが書かれていて、それを真に受けたようだった。


 好意を向けられていること自体は、別に悪いことではない。

 呪いを返して、逆に彼女が死んでしまったら、まるで俺が悪いような気がする。

 そもそも、彼女は俺に対して殺意を抱いていないのだから。

 こんなことなら、女子校の教師になんて、なるんじゃなかった。

 教員免許をもっているんだからと、大学時代の友人に頼まれて教師をしているが、相手は中学生。

 高校生であったとしても、犯罪だ。


 まったく、モテるというのも考えものだなと思ってしまう。

 しかし、このまま同じ夢を見続けるのは体力的にきつい。

 夢を見ているせいで、寝ても疲れが取れにくい。

 熟睡できていないのが問題だと思った。


 彼女からは、バレンタインに手作りのおいしいチョコレートまでもらってしまった。

 ちょうど今日はホワイトデーだし、お返しと一緒に交渉しよう。

 人を呪うのをはいい加減やめてくれないか、と。

 彼女は俺のことが好きなんだし、ちゃんと正直に話せばわかってくれるはずだ。

 そう思って、俺は彼女を放課後、生徒指導室に呼び出した。


「――――え? 今、なんて?」

「だから、人を呪うのはいい加減やめてくれと言っているんだ。君の気持はわかる。ここは女子校だし、男である俺に好意を抱いてしまうのは……」


 彼女は俺の話を聞き、とても驚いた表情をしていた。

 それはそうだ。

 突然、自分の惚れた相手が霊感がどうだとか、呪いがどうとか、まるでファンタジーのようなことを言い出したのだから。


「……つまり、先生は私の夢を9回も見ていて、それは私が間違った恋のおまじないを先生にかけているから、というわけですね?」

「そうだ。わかってくれたか?」

「……わかりました」


 ものわかりがよくて助かる。

 まぁ、彼女は成績も優秀だし、まじめな生徒だ。

 生徒会長でもあるし、体形も中学生にしては発育よく大人びている。


「それじゃぁ、正しいやり方を教えてくれませんか?」

「正しいやり方? ああ、恋のまじないか? いや、だからな、そんなものを使われても、俺と君じゃぁ、俺が犯罪者になってしまうから、諦めてくれと――――本気で付き合いたいとか考えているなら、それこそ、事前に親御さんに同意をもらわないと……」


 親も本人も公認であれば、犯罪にはならない。

 真剣交際ということなら、俺もまぁ、考えなくもないが……


「違います。呪いの正しいやり方です」

「……は?」

「おかしいな、どこで間違ったんだろう。確実に殺せるって、書いてあったのに」

「え?」

「ねぇ、先生。私、どこを間違えたんでしょうか? ちゃんと藁人形も用意したし、先生の髪の毛も入手したので、絡めました。私の髪の毛が入ったチョコレートも食べてくれたんですよね?」

「え? 髪の毛……?」

「私が調べた方法では、呪い殺したい相手に自分の髪の毛が入った食べ物を食べさせ、相手の髪の毛を藁人形に絡めて、五寸釘で打ち付ける。まぁ、丑の刻参りのようなものだったんですけど、どこが間違っていましたか? 私、眠たいのを我慢して、頑張ったんですよ? さすがに学校があるので、金曜日の夜か土曜日の夜しかできませんでしたけど、週に1回神社に忍びむのって本当に大変なんです。どうすれば死んでくれるんですか? 教えてください」

「いや、ちょっと、待て! 待ってくれ!」


 俺は止めようとしたが、彼女は続ける。


「どうしたら、先生は死んでくれますか? 私、早く先生に死んで欲しいんです。私のことをいつもいやらしい目で見ているのが本当に気持ち悪くて、死んで欲しいんです。嫌だけど、内申点のために我慢しているんです。本当は今すぐ殺したいんですけど、でも、直接手を下したら警察に捕まっちゃうでしょう? それじゃぁ困るんで、呪いをかけているんです。早く、死んでくれませんか? 教えてください。私は何を間違えていたんでしょうか?」



 また同じ夢を見た。

 これで、10回目。


 何度見ても、彼女は俺を殺そうとしている。




【了】


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪いとおまじない 星来 香文子 @eru_melon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ