花咲龍昇

橙こあら

第1話 朝から騒がしいカンフー道場

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 

「何だろうな、あの夢は……」


 オレが見た夢の内容……。それは1人で修行しているオレの目の前に9頭の龍が現れ、更にその場に花が咲くというものだ。不思議なことにオレは、その夢を定期的に見ている。8回目は……いつだったか、よく覚えていない。


龍治りゅうじ! そろそろ来てーっ!」

「はいはーい」


 部屋で夢のことを考えていたら、母ちゃんに呼ばれた。それにしても、よく通る声だよ朝から。


「……さ、行くか」


 今日は日曜日だがオレにとっては、あまり休日っぽくない日だ。朝から「先生」をしなくてはならない。

 オレは実家の九頭見くずみ道場で、カンフーの先生をしている。これから行われる健康クラスの指導は、母ちゃんが中心だ。わざわざオレが出る必要はないと思ったら、それは大間違いだとのこと。一体なぜなのか……。以前、母ちゃんは言っていた。


「あんたはカンフーに限らず、口も達者で腹立つけど……。親に似て顔は良いんだから、出てきなさいっ! あんたの顔が見たくて日曜日に来てくれる方も、いらっしゃるんだから! この調子で受講者を増やしていくのよ!」


 いやいや、オレは客寄せパンダか!

 しかも母ちゃん、さりげなく自分の容姿を褒めたぜ……。だからオレは言ってやった。


哈哈哈ははは。いやぁ、おもしろい人アルね~。起きているのに、口から寝言が出たヨ~。まだ頭は寝ているアルか」

「コラッ、龍治! 母ちゃんをバカにすんじゃないのっ! あんたは道場の後継者なんだから、それに相応しい言動を心掛けなっ!」

「それなら……あなた太極拳の先生らしく、もっとゆったりした接し方したらヨロシ……アイタッ!」


 口の減らない息子にキレた母ちゃんは、オレの頭をペシッと叩いた。くっ……オレが母ちゃんを殴らないからって調子に乗りやがって……。


「あーあ、やれやれ」


 オレは昔のことを思い出しながら、主にマダムな受講者たちが集まっているであろう場所へと向かっている。どれ、先生……というよりもアイドルをしてくるか。ちなみに、ちびっ子たちならばヒーローになれるオレ。どちらも、もう慣れた。

 本来ならオレではなく、親父が多くの生徒たちにチヤホヤされる立場だが……。今日も親父は道場に姿を現さない。オレは親父がどこにいるのか知っている。パチンコ屋だ。今ごろ店の前で並んでいる……いや、もう開店しているのだろうか。興味がないから、よく分からない。

 ある日、親父は突然「今度は運を極めたい!」と言い出してギャンブルにハマってしまった。全然カンフーをしなくなったわけではないが……最近の親父は、そっちに夢中だ。

 ……オレはギャンブルなんて、このカンフー道場の経営だけで十分だよ!

 何だよバカ親父、早くカンフーに戻ってこい!

 みんな親父を必要としているのによ!


「……ん?」


 外が騒がしい……まさか。

 オレは急いで戸を開け、外で何が起こっているのか確認した。


「……入門希望者アルか?」

「ハッ! 誰が入門するかぁ! こんなガキが、センセーしている道場によぉ! お前にゃ務まんねーから、俺らが代わってやりにきたんじゃねぇかっ!」


 道場破りか……。

 どうやら目の前にいる者たち全員が、オレを倒しに来たらしい。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る