第5話「この人の人妻NTR好きだったな…」
部屋の片付けも一段落し、俺はソファに腰を下ろした。
手にはスマホ。
画面には、あの忌まわしき『ノベルズ・アーカイブ』の検索結果が映っている。
『女艦長セレネ ~銀河を潤す黄金の雫~スライムに拘束された女艦長が銀河を救うために屈辱のおもらしでエネルギー革命を起こす話~』
タイトルを眺めるだけで、全身がゾワゾワする感覚が蘇る。
「やめろ、過去の俺」と呟きつつ、昔の自分を振り返る為クリックする。
ページが開く。
そこには、幾度と修正し見慣れた――酷すぎる――文章が並んでいる。
「らめぇ♡私の○○○○、スライム発射用意!頭スライムになるぅ♡」
俺は無言で目を閉じた。
深呼吸を一つ。「落ち着け、俺。もう慣れただろ」と自分を励ますが、心臓がドクドク鳴っている。
ふと、視線を下げると、コメント欄が目に飛び込んできた。
当時は数件しかなかったはずなのに、いつの間にか増えている。
「え、待て。マジか…?」
思わず声が漏れる。恐る恐るスクロールしてみる。
「なんでおもらしなんですか?」(2013年)
「エロが独特すぎる」(2014年)
ここまでは覚えていた。当時の微妙な評価に打ちのめされ、「もう二度と書くか」と創作を放棄した記憶が蘇る。
でも、その下に新しいコメントが並んでいる。
「おもらしで性癖が開花しました。感謝しかないです」(2021年)
「続き待ってます!艦長の次回作まだですか?」(2024年)
「エネルギー革命のアイデア、ぶっ飛んでて好きです」(今日)
「今日!?」
俺はスマホを落としそうになった。
慌てて日付を二度見する。確かに、2025年3月18日――今朝の投稿だ。
「いやいやいや、誰だよ!?今さら何!?」
頭を抱えながら画面を見つめる。
「性癖が開花しました」に至っては、「マジか…?」と呟くしかなかった。
確かに俺の趣味全開の作品だけど、そんな影響を与えてたのか?
ビックバンじゃねえか。
少し落ち着いて、コメント欄を読み返す。
「続き待ってます」
「返信したくても、ログインできないんだよな……」
カスタマーサポートの冷酷な返信を思い出し、ため息をつく。
「俺の青春、ここで止まったままなんだな」と独り言が漏れる。
気晴らしに、他の作家のページを覗いてみることにした。
「あ、この人の人妻NTR好きだったな…」
検索すると、更新は2013年で止まっている。
「まぁ、俺と同じか」と苦笑い。
次に、「この人の百合、めっちゃ良かったんだよな…」と別の作家を思い出す。
ページを開くと、驚くべき事実が目に飛び込んできた。
「お茶漬けさんの新作!?コミカライズ決定!?」
かつて相互フォローだった作家が、プロデビューしていた。
プロフィールには「ライトノベル作家として活動中」と書いてある。
「……マジか。お前、夢叶えたんだな」
俺は机に置いてあった缶コーヒーを手に取る。
少しぬるくなったそれを一口飲んで、「俺の青春……」としみじみ呟いた。
窓の外を見ると、夕陽が部屋に差し込んでいる。
時の流れを感じずにはいられない。
みんなそれぞれの道を進んでいるのに、俺の『女艦長セレネ』はネットに漂ったまま、ログインすらできない。
再び自分の作品ページに戻る。
コメント欄を眺めながら、複雑な気持ちが湧き上がる。
「返信できないのが悔しい」
確かに、バカみたいなエロセリフだ。
おもらしで星を救うなんて、頭おかしいとしか言いようがない。でも――
「でも、誰かに届いてたんだな」
新しいコメントの「エネルギー革命のアイデア、ぶっ飛んでて好きです」が、妙に心に刺さる。
俺はスマホを置いて、首を振った。
「俺、頭スライムだろ…」
自嘲気味に笑う。
でも、その笑顔にはどこか晴れやかさがあった。
ネットに残るあのエロ小説は、ただの黒歴史じゃないのかもしれない。
誰かの記憶に、確かに刻まれている。
過去のアカウントにはもうログインできないが、当時の俺がそのままネットに漂っている。
黒歴史じゃない、タイムカプセルだ。
新しいアカウントを作ろう。
画面の「登録する」をクリックした。
その時、スマホの通知音が鳴る。
セレナのフィギュアが売れた。
俺はフリマアプリを開いた。
取引メッセージには、こんな言葉が残されていた。
「ずっと、探してた!ガレキやるので首もげてても大丈夫です!イナと並べます!!!」
そうか。
俺のセレナ(首もげ)は、やっとイナと会えるのか。
幸せになれよ。
俺は新しいテキストファイルを開く。
タイトルはもう決めてある。
『ログインできないエロ小説』
カタカタとキーボードを叩く音が部屋に響いた。
ネットにエロ小説を投稿していた俺の話 真坂/shinsaka @shinsaka
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