第3話「処女膜から声が出ていない」
「当時の俺は、何を考えていた?」
思えば、俺の人生にはいろんなことがあった。
たとえば、俺が愛してやまなかったきらりちゃんのこと。
――あの頃、俺は書くことが楽しかった。
――あの頃、俺には「推し」がいた。
俺の推し声優:星山きらり。
きらりちゃんと出会ったのは、偶然だった。
「ヤマユリの騎士」というロボットアニメを、ただの作業用BGMとして流していたときだ。
ぼんやりと音だけを聞いていた俺の耳に、その声は突然飛び込んできた。体が震えた。
小動物のような可愛らしい響き。それでいて、どこか芯の強さを感じさせる。
――なんだ、この声は?
驚いて画面を見た。
喋っていたのは、主人公の相棒ポジションのマスコットキャラだった。
すぐさま検索し、担当声優を調べる。
「星山きらり」とあった。
デビューしたての新人。
これが初めてのレギュラー出演。
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「こいつは来る」――そう確信した。
そこからの俺は、きらりちゃん一筋だった。
SNSをフォローし、ラジオをチェックし、イベントにも足を運んだ。
彼女の声を聴くために、出演作品はすべてチェックした。
彼女は俺の生活の一部になった。
きらりちゃんの声があれば、仕事の疲れも吹き飛んだ。
嫌なことがあっても、彼女の演技が心を癒してくれた。
俺は、彼女が好きだった。
推しとして、ではなく、もっと深いところで。
そして、「事件」が起きたのは、何気ない日常の中だった。
ある日、きらりちゃんがラジオで言った。
「この前、実家に帰って~」
その瞬間、俺の手が震えた。
なぜか?
年末でもない。ゴールデンウィークでもない。
そんなタイミングで実家に帰る理由は、限られている。
男がいる。
それだけならまだよかった。
だが、彼女は続けてこう言った。
「水族館に行きました!」
終わった。
水族館?ひとりで?ありえない。
俺は確信した。
きらりちゃんには男がいる。
その後の出来事は、俺の心を完全に壊した。
きらりちゃんの主演アニメ『いちごみるく2000%』の5話目を見たとき、異変に気づいた。
主人公の男に告白する大事なシーンだ。
――声が変わってる。
いや、演技の質が変わっただけかもしれない。
けれど、俺にはわかる。
「処女膜から声が出ていない」
これまでの、清らかで、無垢で、俺が知っているきらりちゃんの声ではなかった。
そこには、色気があった。男を知った女の声だった。
SNSでは絶賛の嵐だった。
「きらりちゃん、演技上手くなったよね!」
「5話の優菜、めっちゃ良かった!」
俺は違った。
俺の心は、死んでいた。
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