【KAC20254】悪夢は呼びかける

悪夢は呼びかける

　あの夢を見たのは、これで9回目だった。

　奇妙な、本当に奇妙な夢。

　その夢を見た後の目覚めときたら最低最悪だ。

　悲愴感、倦怠感、虚無感、それと空腹。

　満たされない悲しみが襲ってくる。

　夢の中での私は鳥になっていた。

　でも自由に大空を羽ばたく様な、そんな爽やかな夢ではなかった。

　夢の中で私は雛鳥だった。

　荒れ野に幾つも朽ちた鉄塔がそびえていて、その尖った天辺。

　錆び付いた鋼線のように赤茶けた色のぐちゃぐちゃに編み込まれた歪んだ巣の中で馬鹿みたいに大口を開け、エサを要求する気持ちの悪い、ピンク色の肌に青白い血管を浮かせた憐れな生き物。

　巣の中には同じ見た目をした大勢の雛鳥達が詰まっている。

　隙間はないのに不思議と触れあう感覚は無かった。

　皆一様に大口を開けて親鳥を呼んでいた。

　他の鉄塔からも鳴き声は聞こえてくる。

　全く同じ見た目、同じ鳴き声の存在が同じタイミングでお腹が空いたという意味のシュプレヒコールを斉唱していた。

　どの雛が鳴いているのか分からないほどにそれは統一されていて、その中で私だけが少しずれている。

　それが無性に悲しかった。

　雛達がどれほど叫んでも親鳥は現れなかった。

　ずっとずっと続く鳴き声だけが鈍色の空に吸い込まれていく。

　鳴けば鳴くほど空腹感はどんどん募っていくが鳴く他はない悪循環。

　ミタシテクダサイ

　ミタシテクダサイ

　延々と繰り返す。

　何故親鳥は来てくれないのか。

　それはわかる。

　分かってしまう。

　呼ぶ声が届いていないのだ。

　声が小さいのだ。

　足りていないのだ。

　雛を増やさなければ。

　呼ぶ声を大きくしなければ。

　もっともっと。

　もっともっともっと。

　もっともっともっともっと。

　もっともっともっともっともっと。

　もっともっともっともっともっともっと。

　もっともっともっともっともっともっともっと。

　もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと。

　ヒナを増やさなければ。

　そう感じたと同時に目が覚める。

　同じ夢を見るたびに、その感情は強くなっていった。

　匿名のSNSで何となくそのことを書き込んでみると「同じ夢を見た」という返信が幾つもついて驚いた。

　何にせよ寝覚めは悪いし寝不足……というより寝ても疲れが取れないのは大変困る。

　SNSでは心療内科の受診も薦められた。

　近所の医院の口コミで良さそうなところを探してみれば、最近出来た“ヒナコクリニック”というところがあった。

　トリの降臨とかいう、宗教系の医療法人が経営しているのは少し気になるがダメなら変えればいいだろう。

　予約は直ぐにとれた。　

　担当してくれた男性の担当医も看護師もネームプレートには“ヒナコ”とあった。

　家族か親戚なのだろう。

　対応はとても丁寧で感じが良かった。

　とりあえず薬の処方と……枕を頭に被せて寝るという変な寝方をオススメされた。

　雑音や微かな光を遮断できるとかなんとか。

　とにかく快眠さえ得られるなら何でも良い。

　早速今晩から試してみようと思う。