農園の妖精
七倉イルカ
第1話 農園の妖精
米と野菜の高騰が続くので、市役所に行きレンタル農園の契約をした。
米は無理だが、野菜だけでも自分で作ろうと思ったのだ。
24㎡の区画を借り、地面を耕し、種を蒔き、苗を植え、水や肥料をやって三ヶ月、ようやく色んな野菜が育ってきた。
そして、今日、念願の収穫のため、農園へと出向いた。
俺が農園で作業をするのは平日のため、あまり他の人々と出会うことは無い。
今日も、俺以外は、誰もいなかった。
まずは、ラディッシュを育てているスペースに向かう。
ラディッシュは大根の仲間である。二十日大根とも言い、その名前の通り、二十日から三十日ていどで収穫できる。
主な食用部分は根で、地中で赤く、丸く育ち、直径2~3㎝ほどになったら食べごろである。
浅漬けで楽しもうかとわくわくしながらしゃがみ込むと、地表に生えるラディッシュの葉の根元に、緑色の害虫がいた。
害虫は、一本のラディシッュを引っこ抜き、真っ赤に育った根をシャクシャクと美味しそうに食べていた。
害虫が俺を見上げた。
目が合う。
目が合っても、害虫は逃げなかった。
オレは素早く手を伸ばし、害虫が「やあ」と鳴いたところを捕まえた。
「痛い。痛いです」
害虫は手足をバタバタとさせて鳴く。
「待って、待って。
ぼくは野菜の妖精なんだ」
「幼虫?」
「ようせい。幼虫じゃなくて妖精だよ」
「ヨトウムシ?」
「うん。それはヨトウ蛾の幼虫だよね」
害虫の笑顔がどんどんと強張ってくる。
「やっぱりな」
「あの、違うよ。
認めたんじゃなくて、説明したんだよ。
間違っているって説明したんだよ。
ほら、見てよ。
ぼくはイモムシに見えないだろ。
人間みたいに手も足もあって、背中には羽もある」
「成虫か?」
「だから、ヨトウ蛾から離れて。一回離れて。
野菜の妖精だって。
ほら、体が薄い緑色をしているでしょ」
「……」
「ラディッシュを勝手に食べたことは謝るよ。
お詫びに、美味しい野菜をたくさん採れるようにしてあげる」
「ほう。美味しい野菜をたくさんか」
俺がうなずくと、害虫は少し安堵した顔になった。
「うん。ぼくは、きみの役に立てると思うよ」
「お前は、土の上にまくタイプか?
それとも土に混ぜ込むタイプか?」
害虫にたずねる。
「あ、あの、美味しい野菜がたくさんって、肥料とかそう言う意味じゃないんだ」
害虫が顔をひきつらせる。
しゃべるが、しょせん害虫だ。うまく意思の疎通ができない。
だけど……。
「めずらしいな」
俺がそう言うと、害虫は怪訝な顔になった。
「高値で売れるんじゃないのか?」
目の高さまで摘まみ上げ、害虫を観察する。
「う、売るって?」
「どうせ売るなら、増やして売った方がいいよな」
俺は害虫の鳴き声を無視して、小さなスコップを片手に持って穴を掘り始めた。
「お前は、好光性か? それとも嫌光性か?」
「え、え?」
害虫はおろおろと目を泳がせる。
「光が好きだったら浅く埋めるし、光が苦手なら深く埋めてやるよ」
「あ、うん。それは種のタイプの話だよね。
ぼくは種じゃないから。
植えても増えないし、むしろ死ぬから」
そう言った害虫は、精一杯、怒った顔をしてみせた。
「もういい! ぼくは帰る!」
そう叫び、俺に摘ままれたまま、天に向かって両手を広げた。
「来たれ、天の友、大空の勇者!
我を連れ去りたまえ!
トリの降臨!」
空を見上げると、太陽を背にした丸い影が舞い降りて来た。
なにやら小さな羽のようなものが生えている。
「トリの召喚魔法だよ。
天のトリが助けに来てくれたんだ」
害虫がそう鳴いたとき、丸い影が地面に降り立った。
丸い体型。トサカが三本に分かれ、小さな翼を持っている。
「天のトリ! こっちだよ!
ぼくを助けて!」
害虫が叫ぶと、丸いトリはよたよたと近寄って来た。
真ん丸と太り、美味しそうなトリである。
「……ジビエ?」
俺はそう言いながら、このトリも捕まえた。
まさか捕まえられるとは思っていなかったのか、トリはピィピィピィピィとパニックを起こして暴れ出す。
しかし、逃がさない。
「ごめんなさい。ごめんなさい。
逃がしてあげて!
天のトリさんを逃がしてあげて!」
害虫が必死に叫ぶ。
俺は騒ぐ右手の害虫を見た。
緑色の害虫……。いや、違う、なんだっけ、野菜?
そうだ、こいつは、ぼくは美味しい野菜だと自己紹介していたのだ。
そして、左手で捕まえている、丸々と脂ののったトリを見る。
野菜とトリを交互に見て、俺はつぶやいた。
「……ねぎま」
野菜の害虫とトリが悲鳴をあげた。
農園の妖精 七倉イルカ @nuts05
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