太陽のKomachi Must Be an Angel

@2321umoyukaku_2319

第1話 奇跡のコラボだとエフ氏は言った

「ららららりりららら~り~ら~ら~ら~」

 エフ氏が何か言ったけれど、曲がうるさくて何を言っているのか聞き取れない。私は大声で尋ねた。

「え! 何だって!」

「ンダラリリリラララ~ラ~ダ~ダ~ダ~」

 エフ氏は何か言っている。だが喧しいスキャットのせいで、またも聞き取れない。大音量が流れるカラオケスナックでの会話は難しいと、あらためて認識する。彼の口はパクパク動いているので読唇術の達人なら彼の言葉が分かるだろう。生憎こっちはそうでない。話をするため店の外に出るのは億劫だった。筆談しようとして止める。今は二十一世紀だ。隣に座る相手と会話できないときはスマートフォンで言葉をやり取りすればいい。スマホを彼に見せて、こちらの意志を伝える。伝わった。お互いに酔っているけれど、何とかなるものだと思った。こういうとき、彼とは前世紀から続く古い付き合いだということを再認識する。

<カラオケがうるさくて聞こえない。何がどうした?>

 すぐに返事が来た。

<B'z とEurythmicsでコラボレーションをやるよ>

 私はエフ氏の顔をじっと眺めた。

<酔っているのか?>

 すぐに返信が来た。

<酔っているけど酒にではない。音楽が僕を酔わせるんだ>

 自分に酔っているのは分かった。元々そういう性格なのだ。分からないのは、肝心の話の中身だ。

<ビーズって日本の男性二人組ロックバンドだろ? ユーリズミックスはイギリスの男女二人組の音楽ユニットだ。それのコラボをやるの?>

<ああ>

<誰がプロデュースするの?>

<僕が>

 力強く言い切るエフ氏の顔を、私はまじまじと見つめた。彼は頭がどうにかなってしまったのだろうか、と不安になる。彼は音楽プロデューサーでも何でもない。私の古くからの友だちで、現在は無職の中年男である……いや、待てよ。もしかして、伝手があるのかも!

<まさか、B'z とEurythmicsの知り合いなの?>

<いいや>

 私は肩を落とした。それでは単なる酔っ払いの戯言にすぎない。

<知り合いでも何でもないのに、共同制作を考えてるの?>

<そうだよ>

<無理に決まってる>

<始める前から諦めてどうするの>

<でも>

 世の中の常識について書き込もうとしていたら、先に書き込まれた。

<実現が難しいのは僕にも分かる。だけど、何もせずに諦めるのは面白くない。チャレンジしたいんだ>

 無謀としか言いようがない。だが、エフ氏には勝算があるようだった。

<カクヨム9周年記念企画「カクヨム誕生祭2025」で「妖精」をテーマにした小説コンテストがあるんだ。そのテーマソングをコラボレートしてくれないかと話を持ちかけるつもり。その依頼なら、どちらも必ず受けるよ>

<どうして?>

<どちらのグループも曲名に「妖精」という言葉が入った楽曲で大ヒットを飛ばした。どちらも「妖精」には深い縁がある>

 私は心の中で首を傾げた。B'z とEurythmicsに「妖精」と題された作品があっただろうか? エフ氏に聞いてみる。

<どんな曲だっけ?>

<B'zは最初のヒットチャート一位が曲名に「妖精」が入っている。Eurythmicsは全英一位の曲名に>

 エフ氏はスマホから顔を上げた。ニッコリ笑う。

<ほら、今、流れている曲だ>

 今のこの時カラオケスナックのママが熱唱している曲は、確かにEurythmicsの大ヒット曲だった。でも曲名に入っているのは「妖精」ではない。「天使」だ。

 エンジェルは天使、妖精ではないよ……その事実をエフ氏に告げようかと逡巡した間に、スマホに新しい文章が表示された。

<僕だって、これが簡単な企てでないってことは分かっているさ。だけど、どうしてもやりたいんだ。今、こういうビッグな国際コラボって、あまりないだろ? 二十世紀の日本だったら、割とあったのに>

 私は頷いた。今の日本は高度成長期や円高だったバブル時代と違う。経済力が低下し海外アーティストにとっては市場としての旨味のない二等国となっている。日本市場を意識した楽曲など、わざわざコラボして制作するメリットは乏しい。

<だから僕は、こういった取り組みをしてみたいんだ。そうすれば、日本が世界第二位の経済大国で本当に豊かだった頃を知らないZ世代にも、昔の日本の勢いみたいなものを体感してもらえるんじゃないかと思って>

 僕はエフ氏の想いが、Z世代に届くのかと、疑問に思った。昭和生まれの懐古厨爺が「昔は良かった」と愚痴っているだけと嘲笑されるのが関の山ではあるまいか?

<自分でも愚かな計画だと感じるよ。実現不可能なビッグプロジェクトだとね。だけど、これくらい大きな花火を上げないと、日本は復活しないよ。デカいことをやらない限り「復活の日」なんか来ないんだ。その日のために、僕はやるよ>

 私は正直、呆れた。B'z とEurythmicsとカクヨムのコラボが日本再生のきっかけになるとでも思っているのだろうか? そんなことを本気で信じているのなら、脳内お花畑だ。妖精や天使が実在すると信じているファンタジスタと何ら変わりがない。それに、もう手遅れだ。何をやったとしても日本に旭日昇天の勢いが蘇ることはない。何もかも、遅いのだ。

 それを入力しようとしたとき、店内が静かになった。スナックのママの熱唱が終わったのだ。エフ氏はスマホをテーブルに置き、難曲を歌いきって爽やかな笑顔を浮かべるママさんに拍手を送った。

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