第4話 昨日の敵は今日も敵


「本当に、申し訳ありませんでした……!」 


 医師によると"おそらく過労がたたっての偏頭痛でしょう"とのことらしく、一週間ほど安静にしていればなんの問題もない、と……うう。自分で自分が、情けない。私は膝に額がくっつくまで、頭を下げ続ける。


「いいや、急病人を放っておくわけにはいかないだろう? 大事に至らなくて何よりさ」


 待合室のヨハンさんは、こともなげにそう言ってのける。


「悪いのは、倒れるまで君を働かせる社会のほうじゃないか」


「でも、その」


 私の言葉を遮るように、どうぞ、と手渡されたのはホットコーヒーだった。ここまで運んで来てもらって、おまけに病院代まで、支払わせてしまって。

 ほぼ初対面であるにも関わらず、こんなに至れり尽くせりで、もうなんとお礼をしたら良いのか……いたたまれず視線をさまよわせていると、


「気にするなと言いたいところだったが……そうだな。ここは一つ、君の善意に甘えさせてもらおうか。」


 ヨハンさんが、驚くべき速さでスマホを取り出した。


(天才ゴールキーパーの連絡先……)


 私の通知欄が、いよいよ豪華なことになってしまう。唯翔……は、もはやスタンプの鬼と化してるけど。思ったところで、ふいに昨日のチャット履歴が目に止まった。


 ベッドに並ぶ膝当ての写真に、私は頭を抱える。


ーーそうだった。すっかり存在を忘れていた。


 リュックのファスナーに手を伸ばす。


「すみません、ヨハンさんにお返ししようと思ってたんです。これ!」


 昨晩ぶらんこの柵に干されてあった膝当てを見せると、ぽかんとしたように、口が開かれた。


「君が、わざわざ? ありがとう。フラウ・ミオ。なんて、なんて健気なんだ……」


 よっぽど大事なものだったんだろう。感動の再会(仮)に、心なしか、彼が目を細めたような気がした。


「それにしても、ですよ」


 眼鏡をかけたまま眼鏡を探してるみたいになっちゃいましたねーー私が言うと、ヨハンさんは照れくさそうに笑ってくれた。



「美桜、みーお。聞いてんの?」


 まどろみかけていた私に、目の前の幼馴染がおーいと手を振る。


「あっ、ごめん。レモンティーだけでいいんだっけ」


 慌ててメニュー表へ目を通すも、これ見よがしとため息をつかれてしまった。


「何言ってんだよ。さっきオレが注文してやったばっかじゃん。しかもチーズケーキ2つな」


 お前今なん徹目なん? 大丈夫そ?ーー憎たらしいほど、にやにや笑ってくる唯翔。私はヘンっと悪態をついてみせる。


「動画の撮影スケジュール。まだ決めてなかったろ?」


 動画ねえ。きっと唯チャンネルのことだろう。というより、それしかない。


「ええっ、またあ? 私病みあがりなんだよ? ホントさ、もうちょっと気を遣ってほしいよね。」


 私はたまらずブーイング。そりゃあファンの皆さまは、公式からの供給を今か今かと待ってるだろうけど。


「おねがいっ♡ めっちゃカワイー幼馴染♡」


 唯翔は悪びれもせず、最近流行りのぶりっこポーズを決めてみせる。


 今度は私が肩をすくめる番だった。


 さっきからなんだか、他のお客さんからの視線も痛くなりつつあったし。


 だんだん、ひそひそ声まで聞こえてくる。


ーーねえねえあのお兄さん、少ぉし天鬼選手に似てない? ほらサッカーの!


ーーあらほんと! それじゃ私、サインもらってこようかしら!


 たとえ平日、なんなら空きコマの昼下がりだろうと、主婦層はけっこういらっしゃる。


 私は仕方なく、「いいよ」小声で承諾した。バカップルだと思われるのも癪だから。


 そう、あくまで、仕方なく。



 ずこー、とジンジャーエールを吸い上げる唯翔は、気づけば上目遣いになっていた。


「そういえばこないだ送った膝当てなんだけどさ。あれやっぱり、唯翔が届けなくて大丈夫になったから。」


 ちゅ、ゆっくりと、ストローから口が離れてゆく。


「私、助けてもらっちゃったの。ヨハンさん、いやーーヨハン・ローゼンシュタール選手に。」


「は? 何それ、どーゆーこと?」


 そうそう、連絡先も交換したんだよ、私がスマホをかかげた途端。唯翔はガバリと、乱暴に私の肩を掴んだ。


「ちょっ、痛っ……離して」


「ふざけんじゃねえ。ヨハン、あいつはオレのーー宿敵ライバルなんだよ」

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