扉の番人4

「世界が無に還る瞬間、私は思わず、言ってしまった。

 『光あれ』と――」


 少女はまるでそこにはない神の光を受けようとするかのようにその腕(かいな)を広げ、闇を仰ぎ見る。


 その言葉自体に呪文のように力があるわけではない。

 宇宙開闢の意味を持つ言葉に、ただ祈りを込めたのだ。


「だけど、そのとき、既に世界は無に還ろうとしていた。

 造られるべき世界は大きな場を求め、私のすぐ傍に居た、おおいなる力を持つものに寄生した」


「それが……神」

 まどかの呟きに頷く。


「確かに。

 私たちは前の世界で神だった。


 だけど、それはもう、何万年も前の話で。


 何度も人として転生を繰り返したあの魂に、まさか、もう一度世界を造れるだけの力があるとは思ってもみなかった」


 だが、それは叶ってしまったのだ。


 間違った形で。


「時間の流れを強引に押し留めた空間は歪み、私はその中に取り残された。


 たぶん、元の世界からすれば、この中で流れる時間は、錐で打った一点の穴のようなもの。


 まだ、世界は無に還る直前のままだと思う」


 少女は鬱陶しげに髪をかきあげた。


「此処へ来てから、何度か転生した気がするけど、覚えてない。


 覚えていたくないのかもしれない。


 もしも、今の私と同じように、この記憶を持ったままなら、きっとろくな人生送ってなかったでしょうからね」


 頼りない本物の少女のような顔で、彼女は言った。


「じゃあ、お嬢さんは昔からその、前の世界の記憶を持っていたっていうんですか」


「そうよ― 生まれたときから」


 子どもであって子どもでなく、少女のようであって少女でない。

 そんな彼女の有りようの訳がそこにあった。


 それに気づいたことが、立花の悲劇の始まりだったのだが。


「ずっと聞こえていた。

 子どものころから繰り返し繰り返し。


 扉を開けと、すべての扉を開けと。

 そうすれば、この世界は解放される。


 解放されて、消える。

 あの人と引き換えに」


 震える声で祈るように少女は告げた。


 静まり返った洞穴に、微かな声が聞こえた。


「もう、いいです……」

「薫……?」


 薫は顔を上げると、強い瞳で少女を見上げて言った。


「もういいんです、お嬢さん。


 扉を―― 扉を開けて」







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