扉の番人3
少女は自分に関わるものたちを見回し、言った。
「すべての『扉』が開いたときに起こるのは、一族が力を失うことなんかではありません。
扉を開けること、即ち、神を解放すること。
それはこの世界の消滅を意味しているんです」
一瞬、洞穴に滴る水音も聞こえるほど静まり返った。
だが、すぐに深雪が笑い出す。
「なに言ってんですか、お嬢さん」
だが、薫が首を振った。
「いいえ、本当なの。
この世界はたった一人の神によって支えられている。
その神を解き放てば、すべては消える」
薫はふっと視線を落として言った。
「いえ、違うかしら。
そのとき、此処での時間は『無』になり、時間は世界が滅びたあの瞬間に戻る。
そして―― 『何もなかったことになる』」
半信半疑ながら、まどかが呟いた。
「それってなんか、あれみたい。
昔のインドか中国の、世界図あったわよね。
世界を象が支えていて、その象を蛇が支えていて、更にその蛇を亀が支えているっていう」
土台となる亀が消えれば、世界は消える。
「だけど、たった一人のカミサマが居なくなったからって、世界が消えるなんて」
深雪が言った。
多神教の日本人らしい言葉に、少女は苦笑した。
高く聳える扉を見上げる。
その澄んだ声が高らかに告げた。
「光あれ、と神は言った――。
光はあった」
薫が続ける。
「聖書の一説ですね。
はじめに天と地があって、地はまだ形無く、闇があった。
『光あれ』と神が言い、光が生じた。神が唱えることで、世界は形を成していく」
少女は薫を見て笑う。
「その言葉の意味が知りたくて、教会に通っていたの?」
「最初は――。
でも、通い続けたのは、あそこに居ると心が落ち着くから」
「何故、貴女は誰にもあれを語らなかったの?」
薫は握り締めた己れの手を見ながら言った。
「最初は、恐ろしい夢を口にすると現実になってしまいそうだったから。
でも、今口にしないのは、私にも貴方の気持ちがわかるから。
儀式をしたいと嘘をつき、貴方を此処へ呼び寄せ、貴方の夢を盗み見た私には」
薫は真摯な瞳で少女を見上げた。
「私、恐ろしい女です。
それが原因で、世界が滅びるかもしれないと知っていて、貴方を此処に呼んだ。
どうしても、確かめたかったから。
そして確かめたかったのは、貴方が本当に、世界の消失を望んでいるかどうか、そんなことじゃなかったんです」
薫は一瞬、立花を見た。
立花が目を伏せる。
薫は霞んで見えない天を見上げたあと、お嬢さん、と少女に視線を下ろして言った。
「これが原因で世界が消えたとしても、私はそれでよかった。
だって―― そうしたらもう、貴方に立花さんを渡さなくてすむ」
微笑を浮かべようとする薫の唇は小刻みに震えていた。
少女もまた天を見上げたが、太陽も月もない此処では、何も彼女を照らさない。
「私は世界の終わりを見たことがある。
世界は無に始まり、無に還る。
それは最初から決まっていたこと。
だけど、私は厭だった。
人類という種をこのまま消してしまうのが厭だったの」
え? とまどかが声を上げる。
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