扉の番人2

 

「まどかさん、貴方が他人の夢を見てしまうのは当然なの。

 あれはもともと『貴城』の血に伝わる力なんだから」


 小さく声を上げた薫を見て、少女は頷く。


「そうよ。

 貴城というのは、綾子さんのご両親の生家なの」


 抹消された一族の血統。

 だからこそ、貴城をたどって、綾子はこの地に辿り着いたのだ。


「待ってください」

 男が声を上げた。


「だったら、貴方が二人に声をかけようと言ったのは、本当は― そこが、『貴城』という家だったからなんですか」


 そうよ、と少女は言った。


「じゃあ、貴方は、最初からまどかさんを利用するつもりで?」

「そう言ってるじゃない」


「開き直らないでください」

 男は必要以上に熱くなっていた。


 まどかの置かれた状況に、自分の姿を重ね合わせていたからだ。


「一族になんか関わらずに生きていけたはずのまどかさんを? 貴方の勝手で!?」


 だが、激高する男を諌める静かな声がした。

「それは違います」


 入り口の暗がりに、いつの間にか女が立っていた。


 スニーカーにパンツという軽装。

 ゆっくりと降りてきたその顔に、まどかは息を呑む。


「お母さん……」


 彼女はゆっくりとみなを見渡し、頭を下げた。

「第五十一代扉の番人、貴城香織です――」


 あっ、と薫が声を上げた。

「貴城の扉と御堂の墓、それらは空間を捻じ曲げ、中身を入れ替えただけなのです」


「つまり、あのふたつの同じ道祖神は、その印というわけですね」


「ええ― ただ、道祖神の形を取っているのはそれだけが理由ではないですが」


「貴方が言っていた猿田彦ですか? 道を開くという」

と男は少女に訊いた。


「そうね。その象徴だと思う。

 だけど、それだけでもないのよ」


 少女は目を伏せる。


「あれは、戒め。

 道祖神信仰というのは、イザナキ・イザナミから脈々と連なる近親相姦への戒めも含まれているから。


 貴城と私の両親の墓の前に置かれたのは、そういう意味合いも含めてのことでしょう」


「道祖神信仰が、近親相姦って。どうしてなんですか?」

 深雪が訊いた。


「ほら、昔は歩いての旅だったじゃないですか。


 長い道中、共に旅をする近親間で過ちを犯してしまったりしていたわけですよ。


 それを恥じて、どちらかがどちらかを切り殺し、道端に祀った――

 それもまた道祖神となるわけです」


「ひどい……」

 うん、と少女は少し笑う。


「でも、旅人を守ってくれちゃうわけですよ。

 心が広いですね」


 貴城香織さん、そう女に呼びかける。

「せっかく一族から離れていたのに、貴女にも申し訳ありませんでした」


 いいえ、と香織は首を振る。

「私は貴方に感謝したいくらいです。


 ずっと夢に見ていました。両親から聞かされ続けた一族と扉、そして当主にまみえる日。


 十四年前、扉と墓とを入れ替えたご当主は、悟を墓守に、新しい番人に私を選ばれました。


 当時、兄達は結婚して家を出ており、私が婿を取っておりましたから」


 宮様? と香織は何かを言い聞かそうとでもするように少女を見つめた。


「ご当主は、貴城を許されたわけではありません。


 私に与えられたのは一時的な力。

 その意味がわかりますか?


 貴方がご当主として地位を確立されるまでということです。


 力が発動するわずかな切っ掛けさえ頂ければ、あとは扉の側に居ることで、力は補填される。


 だけど、まどかは違った。

 宮様、まどかが覚醒するはずなどなかったんです」


 香織は娘の側に行き、その肩に手を置いた。

 まどかは未知の生き物でも見るように彼女を見上げていた。


「それなのに、貴方の側でこの子は覚醒した。

 私は次期当主になられるのは貴方しかおられないと思っております」


 だが、まどかと香織の視線を浴びた少女は首を振る。


「私にはそんな資格はありません。

 私は、予言通り、呪われた忌むべき子どもだから」


「宮様」

「私には、一族を率いる資格などない。

 生きている資格さえ、本当はない。


 香織さん」


 少女は唇を噛み締める。


「予言も生まれも関係ない。

 私は―― 私自身として望んでいる。


 すべての、扉を開くこと」


 それはまるで、神の託宣だった。





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