ふたたび旅館1

  

 連れ戻された旅館で、少女は座卓越しに立花の前に座らされていた。


 沈黙が何よりの苦痛のようで、落ち着かなく腰を浮かす。

「あ、えーっと。お茶でも淹れようか」


「貴方がそんなことされる必要はありません。

 だいたい、蛇口の捻り方も知らない人に淹れてもらっても、飲めたもんじゃないでしょう」


「そっ、そんなの子どもの頃の話じゃない。

 って、第一、それ、あんたたちが捻ってたせいでしょう!?」


「そんなことより、御堂悟が姿を消したそうですね」

 立花は激昂する少女の相手はせずに、煙草を取り出した。


「やめてたんじゃなかったの?」

と少女は眉をひそめる。


 男も立花が煙草を吸うところを見たことがなかった。


「やめてましたよ。あまり好きでもありません」

「じゃあ、なんで」


「貴方が煙草の煙、嫌いだからです」

「大人気ない嫌がらせね」


「大人じゃなきゃできない嫌がらせです。話逸らさないでください」


 意外だった。

 普段、この二人が本家で口をきいているところをあまり見たことがなかったからだ。


 立花が自分の前に、正式ではないが、ボディガードのようなことをしていたのは知っていたが、こんなに気の置けない仲だとは思わなかった。


「薫が、悟は会社から電話がかかって出て行ったというの、でも、そんな事実はない」


「薫が嘘をついていると―?」


 立花は嫌がらせだと言う割には、少女の方に煙が向かないよう、灰皿を下に下ろしていた。


「そうは言ってないわ。本当にかかってきてたのかもしれない。会社の人間を名乗るものからね」


 立花は少女の後ろの床の間を見つめ、黙っている。少女はその口から煙草を取り上げた。


「あんたは、どう思うの?」

 少女に奪われた形のまま、立花は小さく呟く。


「……わかりません」


 だが、薫は立花の恋人だ。


 万が一、薫か悟が少女に対して、何事か仕掛けているとしても、何も言うことなどできないのではないか。


 しかし、逆に立花は少女に問うてきた。

「なんで、薫に確かめないんです?」


「まどかさんたちが居るからちょっと訊きにくくて」

 少女は言い淀む。


 立花はその真実を探ろうとするように彼女の瞳を見ていたが、やがて、溜息をついて言った。


「わかりました。私が後で訊いてみましょう。どんな人間からかかったのか、男だったのか女だったのか」


「お願いするわ」

 不自然なくらいさりげない


「それにしても、ご当主に報告されるべきだったのではないですか」


「もし、何かあったら、御堂に害が及ぶわよ」

「それはそれで仕方ありません」


「冷たいわね、恋人なのに」

 立花はもう一本煙草を抜いたので、少女は手にしたままだったさっきの煙草を揉み消した。


「しかし、もし、御堂か、一族の誰かが悟を連れ去ったとして。


 或いは、悟が自分から姿を消したとして、それで何のメリットがあるというんです?」


 あくまでも懐疑的に立花は問う


「そうね。悟が消えたら、儀式ができない。

 儀式ができないと、薫が番人になれない。


 番人が居ないと……

 扉を守るものがいなくなる。


 そう、それと――

 此処に来た人間が帰れなくなるわね」


「貴女がですか?」

 少女は座卓に肘をついて、素っ気無く言った。


「あんたじゃない?」

「私?」


「だって、そもそも此処へ来るはずだったのは、あんたよ」

「私を足止めして、薫になんのメリットがあるっていうんです」


「あんた、今、薫にって言ったわね。

 やっぱり疑ってるんじゃない」


 そういうわけではありませんが、と罰悪く立花は言う。


「あんたがあんまり此処へ来ないからじゃない?」

「仕事で三ヶ月に一度は来ますよ」


 呆れた、と少女は他所を向く。


「ま。それだけで、こんなことするはずないか。

 儀式を妨害するなんて、本家への背信行為もいいとこだわ。


 忠誠心厚い御堂一家がやることじゃないわね」


「やはり、狙いは貴女ってことはないですか?」

「どうして?」


「犯人は貴女が此処へ来ることを知っていた。

 それで、貴女を足止めするために、悟を隠した」


「でも、私が此処に来るってことは、直前に決まったことよ」


「その事態を想定しうる人間が居たのではないですか?」

 窺うように立花は少女を見る。


「居るんじゃないですか?


 この、本家から遠い、隔絶された御堂の地で、扉の儀式があれば、『どんな手段を使っても』貴女が乗り込んでくると知っている人間が――」


 少女は答えない。

 それぎり返事はないとわかっているように、立花は立ち上がる。


「御堂へ戻って動向を探ってきます」

 襖に手をかけた立花は、振り返らずに言った。


「私―― 最初に聞いたとき、貴女が悟をどうかしたのではないかと思いましたよ」


 では、と襖は閉まる。






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