私にそんな芸当ができると思ってるんですか?
崖からは、四方を山に囲まれた村が一望にできた。
深雪がそれを指さし説明してくれる。
「この真下が薫んちで、あっちがまどかんち。
あれがお嬢さんたちの泊まってる宿で、少し離れたあそこの黄色い屋根がうちです」
「へえー。この辺りの家、やっぱり、みんな大きいのね」
感心したように言う少女に、田舎ですからね、と深雪は笑う。
山に囲まれた土地、か。
下から吹き上げる風が強いので、少女は少し肌寒く感じて腕を組む。
ほんのちょっと登っただけなのに、やはり気温が違っていた。
教会の方に行きましょうよ、と深雪たちが歩き出す。
だが、少女はまだ村を見下ろしていた。
「昔は隠れキリシタンとか居たって言ってたけど。
確かに不便そうな場所ね。
皆が車を乗り回すようになるまで、此処は他とは隔絶された土地だったんでしょうね」
「まあ、入り込みにくい地域だったでしょうが。
それが何か?」
男の声とともに、背中が温かくなる。
上着を脱いでかけてくれたのだ。
見上げると男は素っ気無く言った。
「風邪ひかないでくださいよ。
私のせいになりますから」
何も言わずに、そのまま顔を見ていると、ぼそりと言った。
「――礼はないんですか」
「……ありがとう。でも実は、自分が暑かったんだったりして」
常々、この季節にスーツはないんじゃないかと思っている少女は訊いた。
「そうともいいますね」
あっさりとそう言い、男は先に教会に向かって歩き出した。
少女はもう一度眼下を見下ろした。
扉は常に他とは隔絶された場所にある。
その存在を一族以外のものに気づかれないように。
真下にある御堂の屋敷に目を凝らす。
だが、此処からでは何もわからかなった。
少女はおもちゃのような家々に背を向けた。
「踏み抜いちゃいそうな床板」
教会に入った少女は、ぎしぎし音を立てる床板を何度も踏んでみた。
「やめてください。
教会の修繕費なんてうちの経費で切るの、やですからね」
少女は、それには答えず、上を見上げた。
先程から少女の上に、七色の光が落ちていたのだ。
「すごいねー、これ」
屋根には古いステンドグラスが嵌め込まれていた。
少女は光を受けるように掌を上に向ける。
すると、その中で透明な色が踊った。
「立派なもんですよね。
隠れキリシタンってリッチだったんですかね」
「馬鹿ね。これ作った頃にはもう、隠れてないでしょう?
あ、わかった。
此処、花嫁が立つとこなんじゃない?
白いドレスにこの光が当たったら、奇麗だろうなー」
男は鼻で笑う。
「女みたいなこと言わないでくださいよ」
「……どうやったら、あんたのその口は静かになるの?」
「貴方が変わったらですよ」
じゃあ、無理だわと少女は祭壇の方に視線を移した。
薫と深雪は出てきた神父と話しながら笑っている。
まどかは一人離れて、一番前のベンチに座り、左上に掲げられたマリア像を見上げていた。
なまめかしいほど白い陶器の肌を持つマリアは、その半眼の目ですべてのものを許すように見下ろし、優しく両手を広げている。
少女は、マリアを凝視するまどかの顔が気になった。
男の袖を引く。
「ねえ、ちょっと。まどかさん、ナンパして来ない?」
「……私にそんな芸当ができると思ってるんですか」
袖を引いたまま、少女は見上げた。
「だって、あんた、大学生なんでしょ?」
あのね、お嬢、と男は溜息をつく。
「世の大学生が皆、テレビでやってるみたいなのじゃないんですよ」
ちょうど席を立ったまどかを目で追いながら男は言った。
「要するに、話を聞いて来いってことでしょ?」
「そう。でも、これ以上余計なこと知られないようにね」
わかってますよと言う男の声は、顔つきと違い、覇気がなかった。
「よしっ、行ってこいっ。勝ってくるぞと勇ましく」
バンと男の背を叩いて送り出した少女だったが、男の話術をあまり信用してはいなかった。
「だいじょうぶかなあ……」
まどかが軋む扉を押し開けるのが見えた。
夏の光をいっぱいに浴びた緑が目に飛び込んでくる。
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