教会3

 

 裏山というので軽く見ていたが、なかなかどうして山だった。


 道と言えるほどの道もなく、木と木の間がそれらしく見えなくもない、という程度だ。


 木自体が高いので、それほど鬱蒼としてはいないが、枝と枝が重なり合い、光はちらちらと下草の上に揺れているだけだ。


「ちょ、ちょっとたんま」

 少し遅れて付いていっていた少女は両膝を押さえて前のめりに立ち止まる。


 荒い息を吐く彼女の後ろから、男が突き放すように言った。


「またですか」

「だ、だって慣れてないのよ、山道」


 切れ切れに言葉を出す少女に、男は容赦ない。

「そんな靴で来るからですよ」

 上の方で止まっていた深雪たちが振り返り叫んだ。


「お嬢さーんっ。大丈夫ですかー、おぶりましょうかー?」

「……いい」


 なんとか言葉を出しながらも、なんでこいつらこんなに元気なんだ、と思っていた。


 ああ、いつも山駆け回って遊んでたせいか。


 そのとき、ふいに視界に黒っぽいスーツの背中が入った。目の前にしゃがんだ男は苛ついたように言った。


「乗るんなら、さっさと乗ってください。それでなくとも遅れてるんですから」


「あ、いーないーな、お嬢さん」

と深雪の声が上から降ってくる。


 何がいいもんか、この年になったら恥ずかしいだけだ。そう思いながらも、これ以上足手まといになるわけにもいかず、仕方なく男におぶわれた。


 渋々だったが、やがて、その温かさと歩調によって生まれる振動を心地よく感じ始める。


 男は少し乱れた息に混ぜながら、言葉を吐き出した。

「重く、なりましたね」

「あ、ひどい」


「昔と比べてですよ」

 その言葉に、少女は思い出していた。


 三年前、梅雨の合間に訪れた、あの晴れた朝のことを。

 高校の制服を着た男が、電話ボックスの中に蹲っていた。


 彼は少女を見上げて、驚きに目を見張った。そのときはまだ、彼にとっては、自分は知らない人間だったはずなのに―


 だが、驚きたいのは少女の方だった。

 彼こそ、少女が捜していた弁護士一家の生き残りだったのだから。


『もういいよ、下ろして。私なら大丈夫だから』

 大丈夫だから―


「……おにいちゃん」

 つい声に出してしまっていた。


 足を滑らせた男は、その場に手をつき、恨みがましく振り返る。


「なんですか、急に」

「いや、ちょっと懐かしくなって」


 少女は笑って誤魔化した。
















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