貧乏家族の長男はやがて『魔王』に成り上がる

城野白

1章 ソロなら儲かる採集金策

第1話 ダンジョンはソロで行く

「お願いします。俺たちを助けてください……」


 母が連れてきた男は、サングラスの奥の瞳に軽蔑の色を浮かべた。


「寄るな餓鬼。貧乏が感染うつる」


 母が死んだ次の日。

 家に残っていた僅かな金目の物を持って、その男は家を出ていった。




 ――金が要る。


「おにいちゃん。おなかすいた」


 ――金が要る。


「お湯でなくなっちゃったー」


 ――金が要る。


「けほっ。けほっ。うぅ……」


 ――金が要る。


「……無理すんなよ。兄貴」


 ――金が要る。


「私が高校行く余裕なんてないでしょ。家のこと、ちょっとは支えないと」





 ダンジョンが人々に解放されてから、20年。

 戦争をやめたこの国は、以前よりもさらに世界的に厳しい位置に立たされることとなった。


 成人年齢は15歳に引き下げられ、社会福祉に頼らない自助努力が求められる社会になった。


 だから、俺は――


「金が要るんです。家族を養って、進学させてやれるだけの金が」


 俺には五人の家族がいる。二人の弟と、三人の妹だ。

 我が家の家計は、ひっ迫している。


 ボロボロの家を借りるのに、毎月6万円。だが三か月分の滞納がある。光熱費はどれだけ切りつめても2万円は下回らない。消耗品を買い足すのに、毎月平均で2万円ほど。スマホは誰も持っていない。ほとんど全員が育ち盛りだから、食費がとんでもなくかかる。服や布団といったものも随分くたびれているが、買い替えるような余裕はない。


 親はいない。親戚もいない。中学を卒業したばかりの俺には、普通の仕事で家族を養えるだけの力はない。


「命なら賭けます。俺を冒険者として認めてください」





 ダンジョンに潜るには、適性検査と面接、それから1ヶ月の訓練を突破する必要がある。


 俺――一色いっしきいつきは、無事にこれを終え、5月からダンジョンに挑むことが正式に許可された。


 それはそれとして。


 一色家の朝は早い。

 アラームを使わず、朝の5時に起床。寝ている兄妹たちの間を足音を殺して歩き、台所へ行く。


 テーブルに置かれた小中学校からのお便りに目を通して、みんながちゃんと宿題をやったかの確認をする。

 それが終わるのに30分。


 金がないので、我が家の食卓に米は載らない。特売で買った小麦をこねてうどんを作り、それを冷凍してストックしている。付け合わせは季節の野草。この時期だと、四月にとった土筆とわらび、ぜんまいあたりがある。


 野草はあく抜きしてから冷凍しているので、あとはフライパンで味付けするだけだ。


 六人分のうどんを用意し終える頃に、ぞろぞろとみんなが起きてくる。

 真っ先に台所に来るのは、中学三年生で長女の仁奈になだ。


「おはよう。樹にぃ」

「おはよう。ちゃんと寝れたか?」


「うん。今日も元気だよ」


 仁奈は女子にしては短い髪だ。長くすると洗うのに水がもったいないからと、中学に入ってからはずっと短くしている。本当は長いのが好きなことを知っているから、俺はそれを見るたびにやるせない気分になる。


「アイロンまだ終わってないでしょ」

「ああ。まだできてない」


「やっとくね」


 家族全員が今日着ていく服を取り出して、せっせと仁奈がアイロンをかけてくれる。服の皺、体の汚れ、そういったものは真っ先にいじめの原因になる。そこだけは手を抜かないように、俺たちの間では決めている。


 顔を洗ってきた兄妹たちが、続々と台所に集まってくる。テーブルに椅子は四つしかないので、俺と仁奈は後で食べる。四人分皿によそって並べる。


「「「「いただきます」」」」


 その間に、俺も服を着替える。ダンジョンには動きやすい服がいいので、中学のジャージを引っ張り出した。


「アイロンやっとくから、仁奈も飯食え」

「ありがと」


 残った家事をバトンタッチ。


 朝食を終えた順に、学校の準備をさせていく。

 次男の三弦みつるはこの春から中学生で、もう自分で準備できるようになってきた。

 双子の次女、三女の星奈せな星花せいかは小学三年生。三男の六月むつきは幼稚園生。この三人は手伝う必要がある。


「ほら、仁奈姉ちゃんが選んでくれた服着るぞー」

「んー」


 眠そうにする三人の着替えが終わるころには、もう集団登校の時間だ。

 星奈と星花を連れて外に出て、近所の子供たちと一緒に学校へ向かわせる。


 三弦と仁奈は同じ中学校なので、二人で家を出た。

 残った六月は、俺の朝食が終わった後に幼稚園へ連れていく。


 これでようやく、朝のやること終了。


「さて、ダンジョン行くかー」





 今回、15歳で免許を獲得したのは俺だけだった。

 最年少だからか、他の新人冒険者は俺に気を使ってくれた。家庭環境の話をすると、皆が寄り添おうとしてくれた。報酬を多めに渡すと言ってまで、パーティーに誘ってくれた人もいた。


 けれど俺は、ソロで行くことにした。

 理由は単純で、家計が限界だから。


 一般的に新人の冒険者パーティーの初月収入は20万円。4人で組んだら、5万しか手元に残らない計算だ。徐々に稼げるようにはなるらしいが、それでは話にならない。


 リスクを背負ってでも、俺はソロで行く。


 ダンジョンの入り口は厳重に警戒されていて、免許をかざさないと開かないドアの向こうにある。指定されたロッカーで装備を整えてから、そこへ向かった。


「一色樹さんですね。入場を許可します」


 機械音声に導かれて、中に入る。


 次元の裂け目の前に立つ。うねりの中に足を踏み入れると、すぐに視界が変わる。





 目の前に現れるのは、入り組んだ薄暗い通路。


 ――はじまりの迷宮


 ダンジョンに入ると、迷宮内のランダムな位置に転送される。帰還用のゲートの位置は中央部で固定。あちこちに目印があるので、帰還は問題ない。


 さっそく索敵だ。今日は心臓が高く売れると聞いた。


 姿勢を低くして素早く走り、角でしゃがんで通路の奥を確認。いなければまた、次の角まで走る。


 ダンジョンには、モンスターという敵性生物がいる。

 はじまりの迷宮で遭遇するモンスターは、身長140センチほどの亜人種モブマン。空中を漂う霊魂ウィスプ。死体喰らいのサック。


 積極的に狙いたいのは、最初に挙げたモブマンだ。訓練期間にも何度か戦ったことがある。ダンジョンで最弱の生物。


 一対一なら余裕で倒せる。

 だが、あほみたいに一匹でほっつき歩いているモブマンは少ない。


 だいたいが三匹以上で仲良くその辺を巡回している。新米の冒険者が気を抜いて殺されることは、それほど珍しくないらしい。


「まあ、やるしかないよな」


 モブマンの心臓は一つ400円で売れる。一日に20匹ほど殺せれば、バイトよりは稼げるだろう。


 20分ほど歩き回って、ようやく最初の敵を見つけた。

 4匹群れている。背中を向けて、俺から離れていく。


「1600円みっけ」


 ふー……っ


 ナイフを抜いて忍び足で距離を詰めていく――





 一方そのころ、ダンジョンの入り口では……


「えっ!? 一色くん、一人で行っちゃったんですか!」


 冒険者たちのサポート全般を行う【受付のお姉さん】が甲高い悲鳴を上げていた。

 その声で鼓膜を破壊されそうになるのは、訓練教官の中年男性。だらしなく伸ばしたひげをなでつけて、もう片方の手で耳を抑える。


「あの子まだ15歳でしょう! 子供にそんなことさせちゃだめですって!」

「落ち着け」


「今すぐ救援を出しましょう。冒険者の皆さんに要請して――」

「あいつは大丈夫だ」


 教官はひげを真下へ引っ張りながら、にやりと笑う。





 ――お前、モンスターを殺せるか?


 目の前の命あるものを、躊躇いなく殺せることこそが、冒険者として必要な能力だと教わった。


 葛藤するな。躊躇するな。恐怖を見せるな。

 ただ、命と向き合え。


 モブマンの真後ろを取る。一体目は左端。背後から顔を抑え、鎖骨の隙間からナイフを突き刺す。


「グギャアアアッ!」


 空気を引きちぎるような悲鳴。残りの三匹が一斉に臨戦態勢に入る。


「ニギャァアアアア!」


 ナイフを引き抜いて、腕の中で暴れるモブマンを残り三匹に放り投げる。一匹が受け止めて、残り二匹が襲い掛かってくる。


 モブマンの背丈は小学生くらい。見た目よりも力強いが、それでも力比べで負けることはない。


 右側のモブマンを蹴り飛ばす。そのすきに左側のモブマンが掴みかかってきた。爪を突き立てて噛みついてくる。


「狙いはお前」


 しがみついてくるモブマンの頭を掴んで、壁にたたきつける。硬い頭蓋骨は砕けない。だが、脳震盪は起こした。気絶して力が抜ける。その首を踏みつけて骨を砕く。


 命を奪うのは、生きるために必要なことだ。

 子供のころから知っている。食べるために虫を殺したり、釣った魚を殺した。俺にとって命を奪うのは、非日常ではなかった。


「ガゴァアアアア!」


 蹴り飛ばした個体は、完全に戦意を失っている。実質一体だ。こうなるともう、負けるビジョンはない。


 だから、試そう。

 意識を指先に集中させて、イメージを具現化させる。


「魔法――ファイアボール」


 ボウッ

 音を立てて空気中に丸い火球が出現した。


 出現しただけで、ぴたりと止まっている。モブマンは足を止めて、気まずそうにそれを見つめている。


 ……いや、あの。うん。

 ……これ、どうやって動かすんだ?


 ふー。


「隙あり!」


 突っ立ってたから殺した。悪いとは思ってる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る