貧乏家族の長男はやがて『魔王』に成り上がる
城野白
1章 ソロなら儲かる採集金策
第1話 ダンジョンはソロで行く
「お願いします。俺たちを助けてください……」
母が連れてきた男は、サングラスの奥の瞳に軽蔑の色を浮かべた。
「寄るな餓鬼。貧乏が
母が死んだ次の日。
家に残っていた僅かな金目の物を持って、その男は家を出ていった。
――金が要る。
「おにいちゃん。おなかすいた」
――金が要る。
「お湯でなくなっちゃったー」
――金が要る。
「けほっ。けほっ。うぅ……」
――金が要る。
「……無理すんなよ。兄貴」
――金が要る。
「私が高校行く余裕なんてないでしょ。家のこと、ちょっとは支えないと」
◇
ダンジョンが人々に解放されてから、20年。
戦争をやめたこの国は、以前よりもさらに世界的に厳しい位置に立たされることとなった。
成人年齢は15歳に引き下げられ、社会福祉に頼らない自助努力が求められる社会になった。
だから、俺は――
「金が要るんです。家族を養って、進学させてやれるだけの金が」
俺には五人の家族がいる。二人の弟と、三人の妹だ。
我が家の家計は、ひっ迫している。
ボロボロの家を借りるのに、毎月6万円。だが三か月分の滞納がある。光熱費はどれだけ切りつめても2万円は下回らない。消耗品を買い足すのに、毎月平均で2万円ほど。スマホは誰も持っていない。ほとんど全員が育ち盛りだから、食費がとんでもなくかかる。服や布団といったものも随分くたびれているが、買い替えるような余裕はない。
親はいない。親戚もいない。中学を卒業したばかりの俺には、普通の仕事で家族を養えるだけの力はない。
「命なら賭けます。俺を冒険者として認めてください」
◇
ダンジョンに潜るには、適性検査と面接、それから1ヶ月の訓練を突破する必要がある。
俺――
それはそれとして。
一色家の朝は早い。
アラームを使わず、朝の5時に起床。寝ている兄妹たちの間を足音を殺して歩き、台所へ行く。
テーブルに置かれた小中学校からのお便りに目を通して、みんながちゃんと宿題をやったかの確認をする。
それが終わるのに30分。
金がないので、我が家の食卓に米は載らない。特売で買った小麦をこねてうどんを作り、それを冷凍してストックしている。付け合わせは季節の野草。この時期だと、四月にとった土筆とわらび、ぜんまいあたりがある。
野草はあく抜きしてから冷凍しているので、あとはフライパンで味付けするだけだ。
六人分のうどんを用意し終える頃に、ぞろぞろとみんなが起きてくる。
真っ先に台所に来るのは、中学三年生で長女の
「おはよう。樹にぃ」
「おはよう。ちゃんと寝れたか?」
「うん。今日も元気だよ」
仁奈は女子にしては短い髪だ。長くすると洗うのに水がもったいないからと、中学に入ってからはずっと短くしている。本当は長いのが好きなことを知っているから、俺はそれを見るたびにやるせない気分になる。
「アイロンまだ終わってないでしょ」
「ああ。まだできてない」
「やっとくね」
家族全員が今日着ていく服を取り出して、せっせと仁奈がアイロンをかけてくれる。服の皺、体の汚れ、そういったものは真っ先にいじめの原因になる。そこだけは手を抜かないように、俺たちの間では決めている。
顔を洗ってきた兄妹たちが、続々と台所に集まってくる。テーブルに椅子は四つしかないので、俺と仁奈は後で食べる。四人分皿によそって並べる。
「「「「いただきます」」」」
その間に、俺も服を着替える。ダンジョンには動きやすい服がいいので、中学のジャージを引っ張り出した。
「アイロンやっとくから、仁奈も飯食え」
「ありがと」
残った家事をバトンタッチ。
朝食を終えた順に、学校の準備をさせていく。
次男の
双子の次女、三女の
「ほら、仁奈姉ちゃんが選んでくれた服着るぞー」
「んー」
眠そうにする三人の着替えが終わるころには、もう集団登校の時間だ。
星奈と星花を連れて外に出て、近所の子供たちと一緒に学校へ向かわせる。
三弦と仁奈は同じ中学校なので、二人で家を出た。
残った六月は、俺の朝食が終わった後に幼稚園へ連れていく。
これでようやく、朝のやること終了。
「さて、ダンジョン行くかー」
◇
今回、15歳で免許を獲得したのは俺だけだった。
最年少だからか、他の新人冒険者は俺に気を使ってくれた。家庭環境の話をすると、皆が寄り添おうとしてくれた。報酬を多めに渡すと言ってまで、パーティーに誘ってくれた人もいた。
けれど俺は、ソロで行くことにした。
理由は単純で、家計が限界だから。
一般的に新人の冒険者パーティーの初月収入は20万円。4人で組んだら、5万しか手元に残らない計算だ。徐々に稼げるようにはなるらしいが、それでは話にならない。
リスクを背負ってでも、俺はソロで行く。
ダンジョンの入り口は厳重に警戒されていて、免許をかざさないと開かないドアの向こうにある。指定されたロッカーで装備を整えてから、そこへ向かった。
「一色樹さんですね。入場を許可します」
機械音声に導かれて、中に入る。
次元の裂け目の前に立つ。うねりの中に足を踏み入れると、すぐに視界が変わる。
◆
目の前に現れるのは、入り組んだ薄暗い通路。
――はじまりの迷宮
ダンジョンに入ると、迷宮内のランダムな位置に転送される。帰還用のゲートの位置は中央部で固定。あちこちに目印があるので、帰還は問題ない。
さっそく索敵だ。今日は心臓が高く売れると聞いた。
姿勢を低くして素早く走り、角でしゃがんで通路の奥を確認。いなければまた、次の角まで走る。
ダンジョンには、モンスターという敵性生物がいる。
はじまりの迷宮で遭遇するモンスターは、身長140センチほどの亜人種モブマン。空中を漂う霊魂ウィスプ。死体喰らいのサック。
積極的に狙いたいのは、最初に挙げたモブマンだ。訓練期間にも何度か戦ったことがある。ダンジョンで最弱の生物。
一対一なら余裕で倒せる。
だが、あほみたいに一匹でほっつき歩いているモブマンは少ない。
だいたいが三匹以上で仲良くその辺を巡回している。新米の冒険者が気を抜いて殺されることは、それほど珍しくないらしい。
「まあ、やるしかないよな」
モブマンの心臓は一つ400円で売れる。一日に20匹ほど殺せれば、バイトよりは稼げるだろう。
20分ほど歩き回って、ようやく最初の敵を見つけた。
4匹群れている。背中を向けて、俺から離れていく。
「1600円みっけ」
ふー……っ
ナイフを抜いて忍び足で距離を詰めていく――
◇
一方そのころ、ダンジョンの入り口では……
「えっ!? 一色くん、一人で行っちゃったんですか!」
冒険者たちのサポート全般を行う【受付のお姉さん】が甲高い悲鳴を上げていた。
その声で鼓膜を破壊されそうになるのは、訓練教官の中年男性。だらしなく伸ばしたひげをなでつけて、もう片方の手で耳を抑える。
「あの子まだ15歳でしょう! 子供にそんなことさせちゃだめですって!」
「落ち着け」
「今すぐ救援を出しましょう。冒険者の皆さんに要請して――」
「あいつは大丈夫だ」
教官はひげを真下へ引っ張りながら、にやりと笑う。
◇
――お前、モンスターを殺せるか?
目の前の命あるものを、躊躇いなく殺せることこそが、冒険者として必要な能力だと教わった。
葛藤するな。躊躇するな。恐怖を見せるな。
ただ、命と向き合え。
モブマンの真後ろを取る。一体目は左端。背後から顔を抑え、鎖骨の隙間からナイフを突き刺す。
「グギャアアアッ!」
空気を引きちぎるような悲鳴。残りの三匹が一斉に臨戦態勢に入る。
「ニギャァアアアア!」
ナイフを引き抜いて、腕の中で暴れるモブマンを残り三匹に放り投げる。一匹が受け止めて、残り二匹が襲い掛かってくる。
モブマンの背丈は小学生くらい。見た目よりも力強いが、それでも力比べで負けることはない。
右側のモブマンを蹴り飛ばす。そのすきに左側のモブマンが掴みかかってきた。爪を突き立てて噛みついてくる。
「狙いはお前」
しがみついてくるモブマンの頭を掴んで、壁にたたきつける。硬い頭蓋骨は砕けない。だが、脳震盪は起こした。気絶して力が抜ける。その首を踏みつけて骨を砕く。
命を奪うのは、生きるために必要なことだ。
子供のころから知っている。食べるために虫を殺したり、釣った魚を殺した。俺にとって命を奪うのは、非日常ではなかった。
「ガゴァアアアア!」
蹴り飛ばした個体は、完全に戦意を失っている。実質一体だ。こうなるともう、負けるビジョンはない。
だから、試そう。
意識を指先に集中させて、イメージを具現化させる。
「魔法――ファイアボール」
ボウッ
音を立てて空気中に丸い火球が出現した。
出現しただけで、ぴたりと止まっている。モブマンは足を止めて、気まずそうにそれを見つめている。
……いや、あの。うん。
……これ、どうやって動かすんだ?
ふー。
「隙あり!」
突っ立ってたから殺した。悪いとは思ってる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます