【02】
激しいクレームを浴びせられて、唖然としていた僕が漸く我に返って口を開こうとすると、オッサン妖精はそれを手で制して、再び嵐のように捲し立て始めるのだった。
「わいはマイケル・ゴ・エモンタロウ言いまんねん。
親しみ込めて、ファーストネームでマイキーって呼んでもらってかめへんよ。
こうして召喚に応じたのも何かの縁や。
短い間やけど、よろしゅう頼んまっさ。
ほんで、あんさんの願いを叶えるんやったな。
言わんでもええ。
わいには全部お見通しや。
あんさんの願いは、恋人こさえることやな。
ほんま情けない奴っちゃで。
18年も生きとって、彼女の一人も出来んかったんかいな。
まあええわ。
わいにどんと任せとき。
あんさんに飛び切りの彼女をこさえたるわ。
ほれ」
そう言いながらマイキーが僕に投げて寄こしたのは、ビー玉大のカラフルな珠だった。
僕はその珠を手に取って繁々と眺める。
「それは<ミザリの幼生>言うてな。
<理想の恋人養成キット>っちゅう、妖精界の便利ツールや。
その珠を握り締めてな。
あんさんの理想の女性を思い浮かべて見なはれ。
そしてら一晩で、その理想の女性があんさんの彼女に育って、愛し合えるという寸法やで。
どや、便利でっしゃろ?
あんさんの望みは叶えたったから、今日はこれで失礼しまっさ。
ほな、さいなら」
嵐の様に捲し立てたマイキーは、そう言い残すと僕の前から消え去ってしまった。
唖然とする僕の手には、<ミザリの幼生>が握られている。
僕は半信半疑ながら、珠を握り締めて、理想の女性を思い浮かべたのだった。
解熱剤のお蔭で少し熱が下がった僕は、知らない間に眠ってしまったようだ。
気がつくと夜になっていたらしく、室内は真っ暗だった。
ベッドから起き上がって照明を点けた僕は、窓際に人が座っているのを見て、「ギャッ」と声を上げる。
するとその人がゆっくりと立ち上がり、僕に笑いかけたのだ。
その人は美少女レスラーとして大人気のセリカちゃんだった。
その時になって僕は、マイキーからもらった<ミザリの幼生>のことを思い出した。
オッサン妖精の云った通り、あの球が成長してセリカちゃんになったのだ。
実は僕はセリカちゃんの大ファンで、珠を握り締めた時に、彼女のことを思い浮かべていたのだった。
「コウジ。やっと目が覚めたのね。
じゃあこれから、たっぷりと愛し合いましょうね」
そう言って嫣然と微笑むセリカちゃん。
少しハスキーな声もそのままだった。
<ミザリの幼生>、何て凄い再現度なんだ!
僕がそう思って有頂天になった時だった。
喉元に衝撃が走り、僕はそのまま仰向けに倒れてしまったのだ。
床に倒れた僕を、セリカちゃんが微笑みながら見下ろしていた。
その顔を見て、僕は何が起こったのかを悟った。
セリカちゃんの必殺技、<電光ラリアット>が僕の首に炸裂したのだ。
その時僕は思い出した。
セリカちゃんが<狂乱の美少女>と呼ばれる、ブルファイターであることを。
彼女の問答無用のファイティングスタイルは、往年のスタン・ハンセンもドン引きする暴走ぶりなのだ。
その美貌に似合わぬ超ラフな戦いぶりが、返ってセリカファンを熱狂させる要因だった。
そうだ。
セリカちゃんにとって、愛し合うとは戦うことなのだ。
そんなことを僕が考えていると、セリカちゃんは僕の髪を掴んで起き上がらせる。
そして、「もっと愛し合いましょう」と言いながら、僕の腹部に膝蹴りを見舞った。
それだけではなく、腰を折ってむせ返る僕を背中から抱え上げたのだ。
これはもしや――と思った僕の予感は的中した。
セリカちゃんは僕の背中を、そのまま床に叩きつけたのだ。
こらも彼女の必殺技の一つ、<爆裂パワーボム>だった。
ラリアットで頸椎をやられた僕は、今度は腰椎まで破壊されたようだ。
しかし彼女の<愛>はそれで終わらなかった。
素早く背後に回ったセリカちゃんは、僕の上半身を床から起こすと、右腕を僕の首に絡めたのだ。
それこそがセリカちゃんの決め技、<チョークスリーパー>だった。
一気に首を締め上げられた僕は、背中にセリカちゃんの胸の感触を感じながら、至福の中で昇天したのだった。
***
「あーあ。あかんがな。
往ってもうたがな」
コウジの部屋に再び顕現したオッサン妖精マイケル・ゴ・エモンタロウは、満面の笑みを浮かべながら床に横たわる彼を見て、顔を歪める。
「ほんま、何ちゅう危険な
どんならんな。
僅か18歳で夭逝するとは、運のない奴っちゃで。
まあ気の毒やけど、運がなかったと思って、諦めてもらいまひょ」
ブツブツと呟きながらマイキーは、床に転がる珠を拾い上げた。
<ミザリの幼生>は元の姿に戻ったようだ。
そしてマイキーはどこの誰ともなく、話し掛ける。
「ほんま世の中ままならんな。
けど、そうそう美味しい話は世間に転がってまへんで。
その辺、皆さんくれぐれも気いつけなはれや。
ほなさいなら」
その一言を残して、オッサン妖精は姿を消したのだった。
了
妖精召喚カード 六散人 @ROKUSANJIN
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