第四章  アラルの戦士 

第24話

 白虎の郷は、ほぼ三方を山に囲まれた高原だ。

 北側の険しい山脈を隔てて玄武の郷と隣接し、西の高い山々の向こうは海を見下ろす断崖。白虎族がこれまで外敵の襲撃を受けなかったのは、その断崖の恩恵だった。

 南はなだらかな山地で、かつてそこに暮らしていたいくつかの少数部族は、今は白虎族に統合されている。

 その山地でもひときわ高い峰が目をひくのが、朱雀族に襲いかかった侵略者たちが現われたという高久穂だ。

 侵略者たちが白虎族でもかつての少数部族でもないとすれば、それは天から降臨した軍勢に見えただろう。


「大勝利おめでとうございます、キリム殿下」

 白虎族の首長府を改装しただけの居室でくつろぐキリムの酒杯に酒を注ぎながら、副将のケベはうやうやしく述べた。

「祝杯はまだ早いぞ、目的を達したわけではないからな。だが、とりあえず第一関門は突破したな」

「そうですとも。ついに、あのいまいましい朱雀あかすずめどもを滅ぼしたのですから。本国の皇帝陛下も、さぞお喜びでございましょう」

 ケベの後ろに控えていた者たちも、同意して言う。

「これまで帝国の軍団がいずれも成し得なかった快挙です」

「さすがは、キリム殿下」

 追従ともとれる言葉を、キリムは皮肉な笑みを浮かべただけで聞き流し、酒をあおった。


 いずれも黒髪に黒い瞳の彼らは、南西の大陸の広範囲を支配するアラル帝国から海を越えてやってきた。

 アラル帝国はこれまでも幾度か船団を組み、未知の大地を征服せんと乗り込んできた。だが、そのたびに、勇猛果敢な朱雀族に退けられ敗退を余儀なくされてきた。

 遠浅の海岸を持つ朱雀族の水際の防衛線は鉄壁だった。

 大きな船は座礁してしまうため沖で待機するしかなく、小舟で上陸を試みれば、強弓による火矢の雨が降りそそぐ。それを掻い潜った兵士たちは、待ち構えた朱雀族の戦士たちにあえなく斬り捨てられたのだ。

 朱雀族が護る海岸線を避けて北西に向かえば、そこは荒波の打ちつける断崖絶壁だ。とても船を着けて崖を上ることはできそうにない。

 逆に北東に進めばしばしば強風に見舞われ、海は荒れ、過去には船団の大部分が岸に近づくこともできずに沈没した。


 今回、北西の断崖の下に大きな船が停泊できる窪みを発見したのは、副将ケベ率いる偵察隊だった。

 さらに、そこからは細い通路が山のほうへと繋がっていた。道というより隙間と呼ぶにふさわしい、人ひとりが体を横にしてやっと通れるような通路。しかも両手両足を使わなければ登れないほどの険しい坂だったが、朱雀族の猛攻を避けて上陸できるのであれば贅沢は言えない。

(それに、うまくすれば、あの朱雀族の背後を突いて攻撃することができる)

 キリムはそう判断したのだった。



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