第20話

 翌日の早朝、秋令は首長府の前庭を掃き清めていた。男たちが戦支度で駆け回るせいか外はなにかと埃っぽく乱雑で、せめて朝だけでも清浄を保ちたいと思って始めた清掃だった。

 そんな秋令の耳に、この二十日間ほどで聞きなれた低い声が届く。

「巫女姫さま」

 青龍族の龍兎だ。かつて可愛らしい白うさぎのようだった少年は、今や見上げるほどのたくましい若者に成長し、見れば今日は布袋を肩掛けに背負っていた。旅装束だ。

「その後、あらたな予知夢は?」

 尋ねられ、秋令は首を横に振る。気になることはあるが、予知夢は見ていない。

「龍兎は、青龍の郷に帰るのね」

「ああ、俺も一旦帰って、今後のことを相談しなけりゃならない。状況次第では、すぐに兵を率いて中原や古河衆と合流することになると思うが」

 年始の挨拶のあとも中原に逗留して戦況を確認していた龍兎だが、もう確認から判断・決断へと移行すべきときだと考えたようだ。

 昨日の伝令が駆け込んで以降、中原の長老たちが何やら落ち着かないようすであること、そのくせ何も告げようとしないことも、龍兎の決断を促す要因になっていたようだ。

「戦い以外の選択肢は、ないのかしら」

 年始からずっと、秋令の胸にわだかまっていた思いだ。

 昨日の伝令の件があってなおのこと、この戦いを止めるべきではないかとの思いが強くなった。

(もし、侵攻してきた彼らが天空の者たちで、わらべうたの「みこさま」の使者だとしたら)


―― みこさまにお仕え申せ ――


 それはおそらく「巫女さま」ではなく、「皇子さま」あるいは「神子さま」だ。

 仕えるべき相手なのだとしたら、戦わずにお迎えしなければならない。

 だが、周囲が戦の支度に邁進する今、それを口にしては水を差すようで、秋令は兄にさえ言い出すことができずにいたのだった。

 呆れられるかと思ったが、龍兎は意外にも冷静で、

「そうだなぁ。たぶん中原の若長も、戦うためだけに戦支度をしているわけじゃないんじゃないかな」

「え……?」

「和睦や話し合いを望むにしても、やすやすと侵略を許してからじゃ対等な話し合いはできないだろう? だから、防衛線を死守することは大事だと思うんだ。今はさ、相手が何者で、何を望んで侵攻してきたのかもわからないわけだし」

 そうなのか。交渉するにも戦支度が必要だなどということを、秋令は考えたこともなかった。

「龍兎も、さまざま考えているのね。わたしは、そういうことは兄さまに頼りっぱなしで、何も学んでこなかったわ」

「いいんだよ、秋令は。人にはそれぞれ役割があるからな、予知夢を見るのは巫女姫さまだけだ」

 それだけではいけないと、秋令自身は思うのだけれど。

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