第三章  隕鉄

第18話

 朱雀族の郷での戦況を知るため、各部族はそれぞれに使者や斥候を出していた。

 数日後には、中原には独自の使者のほかに、古河衆の伝達部隊からの報告も次々と届くようになった。

 それらによれば、朱雀族に攻め入ったのはやはり白虎族とは無関係のよそ者で、黒髪に黒い甲冑の戦士たちだった。

 当初は勇猛果敢に闘っていた朱雀族だが、侵略者側の猛攻に圧され、思いのほか苦戦しているらしい。


「苦戦していると言っても、あの朱雀族が負けることはあるまい」

「白虎族も援軍を出すとの報せがあった、案ずることはない」

 首長府に顔を出す中原の古老たちの中には、楽天的に考える者も少なくはなかった。この数年、巫女姫の予知夢を聞かされてはいたものの、夢でその光景を見せ付けられる秋令と違い、言葉で語られるだけでは黒い侵略者の恐ろしさなど実感できないのだろう。

 これまで多くの侵略者を撥ね退けてきた朱雀族だ。その強さは彼らの誇りであり、他の部族もそれを認めている。

 首長府の広間で語らう老人たちを横目に、龍兎は月黄泉に小声で問う。

「若長、白虎族が朱雀族に援軍を出すなんて、これまでなかったよな? これって、逆にかなりマズいってことなんじゃ?」

「……楽観視はできないだろうな」

 多くは語らない月黄泉に、龍兎はことの深刻さを感じて口をつぐんだ。

 年始の挨拶で中原に来ていた青龍族の年長者たちは、連絡役として龍兎と数名の側近を残して北東の地へ引き上げていた。南の戦渦が青龍族の郷にまで及ぶことはおそらくあるまいとの判断なのだろうが、龍兎は慎重に状況を見ていた。何年も前から巫女姫が予知夢で見た災いなのだ、軽視してよいはずがない。


 そして、それから二十日ほども過ぎた頃、恐ろしい報せが中原にもたらされた。

「なんだと!?」

 首長府に駆け込んできた使者を月黄泉とともに迎えた古老の戸万理とまりが、取り乱して聞き返した。

「朱雀族の戦士は、ほぼ全滅。白虎族も、降伏しました!」

 土河衆の伝令は、顔を伏せてそう繰り返した。現地で見聞きしたままの現実なのだ。

 騒ぎに驚いて部屋から出てきた秋令は、信じられずに尋ねる。

「全滅って……紅蓮さんは?」

「残念ながら」

 それは戦死を意味していた。

 年始にはこの場で月黄泉と言葉を交わしていた、あの頼もしく美しかった女首長も亡くなってしまったというのか。

 秋令の脳裏に、忌まわしい予知夢の記憶が蘇った。


 ねっとりとした闇をまとった不吉な黒銀の刃が、こともなげに人体を切り裂いていた。

 視界を塞ぐ、紅い血しぶき。

 その血を紅蓮の姿に重ね、秋令は目眩をこらえて目を閉じた。


「朱雀族と白虎族を制圧したとなれば、やつらは、次は玄武族を襲うのか、あるいは真っ直ぐこの中原を目指すのか」

 月黄泉の言葉に、土河衆の伝令は顔を伏せたまま言う。

「今はまだ、ひとまず制圧した地に留まっているようですが」

 これで終わるはずがないと、誰もが確信していた。これほど圧倒的な力を持つ敵なのだ、遠からずまた侵攻が始まる。

 もはや、どの部族も無関係ではいられない。彼らと対峙するのは時間の問題だ。

 戸万理が誰にともなく尋ねる。

「やつらは、何者なのだ?」

 答えられる者はいない。戸万理は自問自答のようにつぶやく。

「高久穂の峰から現われたと言っていたな。だが、白虎族ではないというのなら……天から舞い降りた軍勢だとでもいうのか?」

 過去の侵略者はいずれも海を越えてやってきた。

 陸続きの部族のことであれば、この中原にいてまったく知らないなどということはありえない。まして朱雀族を打ち負かすほどの軍勢なのだ、隠れた小部族だとは考えにくかった。

 月黄泉は土河衆の伝令に言う。

「ともあれ、こちらに侵攻してくるのであれば、土河の一帯に柵を設けて迎え撃つのが定石だろう。こちらも兵士を土河に向かわせる。金河衆と木河衆にもその旨を伝え、協力するよう要請してくれ」

「畏まりました」

 伝令はその場で礼をして立ち去った。

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