第6話

 晴れ渡った空は虹色。

 頭上には大きな朱い月と、真珠色に輝く小さな月が浮かんでいる。

 木々の葉は緑に色づき、湿った優しい匂いがする。

 遠くから滝の水音が聞こえ、秋令は一角獣とともに緩やかな斜面を駆け下りた。

「待ってよ、秋令。走ったら危ないわ」

「平気よ、これくらい」

 呼び止める鈴花に言い返し、秋令は先を急ぐ。

 やがて、眼下に澄んだ冷泉が見えてきた。


 秋令は岩場に膝をつき、冷泉の水面に手を伸ばす。

「冷たい」

 思った以上の水の冷たさに、大丈夫だろうかと一角獣を振り返る。

 だが、一角獣は秋令の心配をよそに、ためらいもなく冷泉に飛び込んだ。

 水しぶきが、容赦なく秋令を頭から濡らした。

 遅れて追いついた鈴花が、ぷっと吹き出す。

「やだ、秋令。いい格好ね」

「笑わないでよ」

 秋令はその場で靴を脱ぎ、長い裳を腰にたくし上げて、括り袴を膝上まで捲り上げた。

「どうせもっと濡れるんだから、捲り上げても同じじゃない?」

「いいの。このほうが動きやすいから」

 ブラシを持って冷泉に入る秋令に続き、鈴花も靴を脱いで冷泉に足を入れた。こちらは申し訳程度に裳の片裾を腰紐に挟んだだけだ。

 ふたりは一角獣を挟むように立ち、濡らしたブラシで丁寧に頭から首、肩へと撫でるように洗う。

 気持ちがいいのか、一角獣は目を閉じて為されるがままになっている。

「いい子ね、ネージュ」

 耳の後ろに丁寧にブラシをかけながら、鈴花がささやいた。

 前肢を洗い始めた秋令が、見上げて言う。

「ネージュはほんとうに鈴花にも懐いているのね。兄さまになんか触らせもしないのに」

「そりゃあ、最初にネージュを育てたのは私だもの」

 当然でしょうと、鈴花は自慢げにつんっと鼻を上に向けた。


 中原の郷長一族は、代々世襲により役割を受け継いできた。

 郷長の長男が若長になり、その弟が次代の祭祀老となり月の神を祀る。

 そして、祭祀老の娘が一角獣を育てて巫女姫になり、予知夢を見る――。


 だが、その役割に異変が生じてしまった。

 鈴花が育てた一角獣のネージュが郷長の娘だった秋令に懐き、鈴花が一度も見たことの無かった予知夢を秋令に見せたのだ。

 前例のないことだったが、予知夢を見ない鈴花に巫女姫は務まらない。長老たちの協議の末、秋令が巫女姫の役割を担うことになったのだった。

 さらに、中原に病が流行り、郷長の妻は秋令以外の子を産むことなく亡くなってしまった。

 郷長に後妻を迎える話もあったが、その後、郷長も同じ病に伏してしまった。病床の郷長が後継者に名指ししたのは、赤子のころから息子として育てた月黄泉だった。

 祭祀老の長瀬木にもまだ幼い息子がひとりおり、彼を若長に推す声もあった。だが、郷長の遺言を重んじる者は多く、また、長瀬木の子はいずれ祭祀老を継ぐべきだという意見もあり、月黄泉を若長に据えることで落ち着き今に至っている。


「どうして私たちの代ばかり、前例のないめぐり合わせなのかしらね」

 鈴花が口を尖らせた。

 それは、大きな変化の前兆だ。

 あえて口にする者はいないけれど、誰もがそんな漠然とした不安を胸に抱えていたのだった。

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