第2話
夜明け前に、目が覚めた。
かすかにうなされる声が聞こえ、月黄泉は寝台から身を起こした。
明かり取りの円い窓から差し込むほのかな光を頼りに、奥の寝台で眠る妹のようすを窺う。
シーツを被った小山が、もぞもぞと動いている。
しゃくりあげるような息遣いと、すんと鼻を鳴らす音も聞こえた。
暗い寝台の足元に、ほのかに白い物影がある。妹に懐いている一角獣がうずくまっているのだ。
月黄泉は、一角獣を避けて妹のそばに寄る。
「
「兄さま……」
枕元で名を呼ぶと、シーツから顔を覗かせた少女が兄の首に細い両腕をまわしてしがみついた。
どうやら「怖い夢」を見て目覚めてしまったらしい。
足元の一角獣はわずかに頭を起こしたが、それだけだ。
秋令は中原の巫女姫だ。
一角獣の力を借りて、神託の予知夢を見る。
巫女姫の見る予知夢すべてが恐ろしい夢というわけではないのだが、災害を告げる夢の場合、その光景は幼い少女には恐怖でしかない。
怯えて目覚める妹をいち早く抱きしめて「大丈夫だよ」と宥めてやるために、月黄泉はずっと同じ部屋で寝起きしているのだった。
「怖い夢だったのかい?」
妹の髪と背中を撫で、呼吸が落ちつくのを待って、月黄泉は尋ねた。
「……わからない」
「わからない?」
しばらく口をつぐんだあと、秋令は夢で見た光景を語り出す。
「夜空の
「黒い人?」
「髪が黒くて、鎧も武器も黒い、夜みたいな人たちよ」
言いながら、秋令はその黒い人影がそこにいるかと怯えるように窓の外に目を向けた。
円い窓から覗く夜空では「闇玉」と星々がほのかな光を放っている。
(この闇玉がまぶしく光ることなど、ありうるだろうか)
闇玉の淡く弱々しい光を見上げ、考えてみる。
昼に輝くふたつの月でさえ、まぶしいと感じることは稀だというのに。
(天変地異の前触れか?)
いや、闇玉が輝くとすれば、もはやそれ自体が天変地異だ。
「それで、その黒い人たちは、何か怖いことをしたのかい?」
「わからない……びっくりして目が覚めてしまったから」
予知夢の多くは不完全だ。
月黄泉はそこで話を切り上げ、妹の柔らかな栗色の髪を撫でる。
「まだ朝までは時間があるよ。もう少しおやすみ」
枕の上に頭を降ろされた秋令が、兄の腕を両手で掴んだ。
怖い夢を見たあとは、ひとり寝が嫌なのだ。
「しょうがない甘えん坊だな」
月黄泉はそう言いながら、妹の要望どおり添い寝してやる。
すると、まるで母鳥の羽毛に包まれた雛のように安心し、秋令はうっとり微笑んで眠りに落ちるのだった。
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