第2話



【アポクリファ・リーグ】本部に戻ると、出動に至らなかった捜査官達が何人か集まっていた。

 大変だったね、と彼らは現場から戻ったアイザックとルシアを労う。

「いやぁ~~……そんなことないぜ……ほら、シザ大先生が危ねえところで駆けつけてくれたからさ……」

 アイザックはチラ、と会議室の隅で何やらパソコンを打っているシザを見た。

 彼とは組んで五年目になるが、未だに捉えどころがない。

 この曰くつきで【グレーター・アルテミス】にまさに彗星のように現れたシザ・ファルネジアという男は、とにかく無為に時間を過ごすということがない男だった。

 常に何かをしていたり、行動している。


 彼は【グレーター・アルテミス】に来る前、別の国で殺人を行った。

 それは決して悪心から来るものではなく、養い親の虐待から逃れるためのものであったという。

 アポクリファに寛容な【グレーター・アルテミス】は、【アポクリファ・リーグ】参戦の記者会見の時に、その事情全てを曝け出した彼を特別捜査官として歓迎したのだ。

 半年ぐらいの間は、アイザックはこの可哀想な事情を抱えたルーキーをそれは大変支えてやり、先輩として可愛がってやったものだが、半年くらいして突然【バビロニアチャンネル】のCEOであるドノバン・グリムハルツが『君はなかなか才能があるな。私の養子にならないか?』などと言って来て、シザはあっさりと『いいですよ』と答えた。

 すると独身貴族で有名だったドノバンは『ではそうしよう』の一言で、あっさりシザは【グレーター・アルテミス】有数の大富豪の義理の息子になってしまった。

 以後アイザック・ネレスの立場はシザに対して、大変弱くなったのである。


 事情が事情であるため、仲間たちも最初はシザにどう接すればいいのか分からないようだったが、徐々にシザは別に不満はなくとも孤高を愛するのだという見解になり、彼が群れから離れていてもあまり気にしなくなった。シザもその状態が一番落ち着くらしく、こうして少しずつは、シザも【グレーター・アルテミス】の街や【アポクリファ・リーグ】や、その仲間たちには慣れてきているようだ。

 だが……。


(いや……やっぱさっぱりこいつ分からん)


 一番側にいるアイザック・ネレスからしてみると、シザはかなり感情起伏が激しい印象があった。

 いつもは確かにクールに決めているが時々なんのきっかけなのか、非常に苛々していたりナーバスになったりする。

 しかしこっちがそれを気にしてやると、数日後には全くそんなこと忘れたかのように平然とした顔をしてたりもする。


「まぁ、とにかくみんな無事なら良かったのよ」


 ミルドレッド・フォンテが笑った。

「折角みんな集まったんだから、なんか食べに行くか?」

「あらいいわね。なんならうちのお店貸してあげるわよ」

「行くわ」

 ルシアが立ち上がる。

「お前ちょっと腕怪我してんのに大丈夫なのか?」

「はぁ⁉ 馬鹿言わないでよ! 今日はあんたのせいですごく苛々したんだから、美味しいものくらい食べておかないと、終われないわよっ!」

「逞しいなお前は……」

人馬宮サジタリウス】のダニエル・ウィローが感心している。

「アレクにも連絡しちゃおっと」

 ミルドレッドがアレクシス・サルナートにも、みんなで食べないかと連絡を入れているらしい。

 優勝候補のアレクシス・サルナートは多忙が極まっているのだ。

 それでも十分後くらいに「顔を出すよ」という彼らしい穏やかな返事が来て、ミルドレッドは上機嫌になった。

「みんなでこうやって集まるのって久しぶりじゃない?」

「ほんと。アレクシスがいなかったりルシアがいなかったり、誰かしら揃わないもんね」

「きゃ~っ素敵な夜になりそう!」

 ミルドレッドが上機嫌だ。

「じゃあ早く行きましょう」

「おーいシザ、行くぞォ~~~メシ~~」

 アイザックに呼ばれて、真剣に何かパソコンで仕事をしていたらしいシザは、そこで我に返ったようだ。

 時計を見て、パソコンの電源を落とす。

「すみませんが僕は今日このあと約束があるので、今日は遠慮させていただきます。みなさん、楽しんで来て下さい」

 部屋を出て行こうとしていた全員が振り返る。

「なによっ! この期に及んでまた和を乱す気っ?」

 折角楽しい酒を飲もうとしていた所を邪魔されて、ミルドレッドが眉を吊り上げる。

 だが、帰り支度をするシザは静かに返した。


「いえ、そんな大層な理由ではありません。

 今日は恋人が【グレーター・アルテミス】にやって来るので、空港に迎えに行ってあげないといけないんです。すみませんが失礼します。アイザックさん、また明後日」


 シザは荷物を抱えると丁寧に頭を下げて、部屋を出て行った。


 仲間たちは黙ってそれを見送り――数秒後。



「えええええええっっ⁉」


 

 全員が飛び上がって、驚いたのである。


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