寄り道探偵の日々散歩
加山朱
第1話 “寄り道王子“の誕生
「やあ、また“寄り道王子“の寄り道かい?」
すれ違いざまに尋ねたのは僕のクラスメイトの
「だから、そんなんじゃないって言ってるだろう?別に僕はそこまでフラフラしてない」
僕、
「いやいやいや、入学二日目から大遅刻してきたやつが何を言っているのさ。しかしまあ、話題になったもんだよ。「三組の立花はちょうちょを追いかけて授業に遅れたらしい」って。しかもその日に君が来たの、昼過ぎだよ?あの時の国語のしゅんぴーの呆けた顔!今でも笑えてくる」
椎月はお腹を抱えて笑う。しゅんぴーとは、僕らの国語の担当教員のあだ名だ。
「それはもういいだろ」
「男子高校生がちょうちょに何の用事があるんだい」
にやにやしながら椎月が言う。いつまでこのネタを擦るつもりだ、まったく。
「それだけじゃない。放送部でもない君を放課後、放送室で見かけたって話とか、小学生ぐらいの女の子と公園でブランコに乗ってた話、それにあの会長の率いる生徒会に入ったっていう話!入学一ヶ月でここまでの逸話を残す立花のこの“寄り道“エピソードこそ王子たる所以ってやつさ」
全く遺憾だ。この椎月こそ僕が“寄り道王子”なんて呼ばれるようになった元凶なのである。他の生徒の噂話にも事欠かない椎月は、根っからの噂好きで何かおかしなこと(椎月基準)があるとすぐに目をつけ、まもなくして教室内に噂が広まってしまうのだ。僕はこの椎月フィルターに引っかかり、目をつけられ、入学直後からこんなあだ名をつけられてしまったのだ。僕のいく先々に姿を現し、僕を見ているらしいこいつには一体いくつ身体があるのか。どこにいても捕捉されてる気がして気持ちが悪い。
「あ、そうそう、こないだ湖谷女子の制服着た女の人と歩いてたって噂になってたよ」
噂してるのはお前だ。最近やたらとクラスメイトからニヤついた目で見られるのはそのせいだったのか。
湖谷女子は、山の上に位置する坂男の正門を出て左の下り坂を下った先にある女子校の高校だ。通称は谷女。男子校に通う僕らは普段、女子と関わる機会が全くと言っていいほどない。だから近所の谷女と学校同士で交流がある……というわけでもない。谷女の女子高生たちがわざわざ坂を登って、暑苦しい坂男の男子高生と絆を育むわけもなかった。二校間に伸びる緩やかで丸いカーブを描く坂は、その緩さでもって二校間を険しい壁で分断してしまったのだ。高校生の足腰は当てにならない。まあ、女子に縁のない男子校の生徒には、女子との交流はきっと手に余るだろうから関係のない話だ。
この噂魔、椎月和也は噂こそ好むが、嘘を吹聴して回る趣味はないらしく、本人曰く「俺は、本当のことしか言わない。それが噂屋カズヤとしてのモットーだ」だそうだ。実際、今椎月が上げた出来事一つひとつに事実と反しているものはない。確かに僕は散歩が好きでよく散歩をして回っている。それなら、“寄り道王子”と呼ばれるのも仕方ないと言われたこともある。しかし、散歩するたび……ひいては校内で歩いているだけで指を刺されるようになれば穏やかな時間を過ごせもしない。全く遺憾である。
そうして廊下で椎月と立ち話をしていると、何やら玄関口が騒がしくなっていた。帰りがけにちょっと様子を見てみようか、と僕が再び玄関口に向かって歩き出すと、先ほどすれ違ったはずの椎月も横に並んで歩き始めた。
「教室に向かうんじゃなかったのか」
「俺は積極的にモブになりにいくの」
「あ、そう」
二人で並んで歩き、玄関口に近づくと、ざわざわとした喧騒の中にこんな会話が聞こえてきた。
「制服着た女子が“おっきー”に登ってるぞ!チェック柄のミニスカだ!」
「何ぃ!?スカートの女子が木に登っているだと!どこだ!!ここから見えるか!?」
「ああ、ばっちり見える!……スカートの下の真っ赤なジャージが見えるぞ!!」
「おお、本当だ!……ジャージ?」
……ということが起こっているらしい。
ちなみに、“おっきー”とは、坂男の玄関口の真正面そびえ立つ大木の通称だ。“大“きな“木“で“大っ木ー”ということらしい。全く、こんな捻りのないあだ名、誰がつけたのだろうか。
「木の上からなんか叫んでるぞー!!」
「なんて言ってるんだ?」
「「立花奏太くんはいますかー!?」だそうだー!!」
「あの”寄り道王子”のことかーー!?」
横目で様子を見て通り過ぎるつもりが、覗く前から事情が全てわかってしまった。谷女のチェックスカートにジャージスタイル。まさに烏の濡れ羽色と言い表せる艶のある黒髪ストレートは背中に届くほどの長さで、それを靡かせながら木の上で大声を張り上げる一つ上の先輩の姿が鮮明に浮かんだ。
……この破天荒な谷女生こそ、例の噂の女子生徒である。僕の平穏な散歩ライフが入学後一ヶ月で崩壊してしまったのは、実はこの人との出会いのせいであったりもする。
あれは入学式翌日のことだった。僕は、蝶々に誘われたのである。
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