013:伝統料理と土地転がし

 酋長の話が終わる頃には、すっかり日が落ち切っていた。


 谷間には夜の冷気が立ち込め、人々はそれぞれの棲家で火を焚き、その煙はゆっくりと星空に立ち上っていた。ジコンサシもまた部屋の中央に配された炉へ干し草と薪を焚べる。燻る灰を掘り起こし、火を起こす。素焼きの土鍋に水をみたし、炉にかけた。


『食べたい物は?』


 ジェーンはレナロへ微笑む。


「レナロのおすすめは?」


 レナロは少しだけ考えてから答える。


『カヌチはどうです?』


 ジコンサシは大笑いする。


『此処は北部じゃないぞ?だが…』


 彼は部屋の隅にかかっていた頭陀袋を手に取る。中からヒッコリーナッツを取り出して見せる。


『意外にも、我々の交易路は広い。中々、興味深いだろう。角蛇ウクテナよ』


 ジコンサシはそう嘯きながら、石臼でヒッコリーナッツを挽く。更に、そこに胡桃やピーカンナッツを加え、木製の乳棒で殻ごとボール状に整形する。そして、沸騰しつつある鍋にボールを放り込み、少量の岩塩と刻んだ干し肉と乾燥させた香草を入れた。


「度々、耳にするのですが、その角蛇というのは何です?」


 ジェーンの問いを訳する前に、レナロが捕捉する。


「聞いてくれれば、いつでも答えたのにな…角蛇ウクテナは、俺達の伝承上の怪物だ。この蛇は人間には危害を直接加えるわけじゃない。が、獲物を惹きつける特別な力がある。ウクテナを捕えることによって名誉と栄華が約束されるらしいが、試みるのは命懸けだ。見られた者はその目から放たれる光に目が眩み、誘引され、その口から吐き出される毒気によって死に至るそうだ』


 ジェーンは興味深げに頷く。


『代償と栄光の象徴というわけね。そういう類の伝承は万国共通に存在するし、さもありなんという感じがする。でも、ウクテナって響きは好きよ。自己紹介の時に有り難く使わせてもらおうかしら』


 レナロは義理堅く、ジェーンの戯言を訳してジコンサシへ伝えた。それを聞いたジコンサシは鼻を鳴らすように笑う。


『我らの部族では違うが、ところによっては最高位の精霊としている部族もある。冗談のタネにするならよくよく注意を払うことだな』


 ジコンサシは木の椀の中へカヌチを注ぐ。乳白色のスープ。甘く、濃厚な匂いが漂う。そして、彼は革の包みから茶色の固形物を取り出し、ボウルに添えて二人へ渡した。


『これは?』


 ジェーンは茶色のブロックを手に取って問う。


「ペミカンだよ。伝統的な保存食だ」


 そう言って、レナロはペミカンについて語ってくれる。その説明は至って便宜的だが、学術的にもビジネス的にも多大な魅力を含んでいた。


 その作成法は概ね以下の通りである。

 乾燥させた狩猟肉を細かく刻み、獣脂と混ぜ、クランベリー等のドライフルーツを練り込む。これを生皮の袋につめて保管し、冷やして固める。上手く作れば、室温では五年、地下室のような冷涼な場所では十年も保存できるそうだ。


『なるほど。味も全然悪くないし、上手く大量生産して梱包できれば行商人や開拓者に売れそうね…』


 実際、ペミカンをカヌチへ浸せば程よくふやけ、それを口に含めば濃縮された果肉やジビエの味を存分に味わえた。ポタージュ付きのミートパイとクランベリーパイを同時に平らげた気分に浸れるのである。


『本格的に交易を始めるなら、こういう物品も買い取らせて欲しいわ。無論、代価は銃火器だけじゃなくて現金でもいい。現金があれば、土地が買える。土地が買えれば、開拓者に難癖をつけられることもなくなる』


 ジコンサシの顔がやや険しくなる。 


『土地を買い戻すことは以前にも考えた。だが、植民地議会とやらが認可しないそうだ。我々は売る事は出来ても買い戻すことは出来ない。笑える話だ。この土地は元より誰のものでもなく、ただ母なる大地そのものだというのに』


 ジェーンは肩を竦める。


『確かに、私達が掲げる市場原理というのは全く公平じゃない。時にたわけているかのように不条理で、時に開き直ったかのように合理的に機能する。然し、その二面性が故の抜け道も多く存在する。すぐに思いつく限りにだけでも、一つ案がありますよ』


 ジコンサシはその年にそぐわぬ壮健な前歯でペミカンを齧りながら、話を促す。


『私が代理人として土地を買い、改めて我々とあなた方で取引するのですよ』


 ジコンサシはそれを聞いて皮肉げに笑う。


『同じ鍋を囲んでいるものとしては言い難いが、酋長としては聞かねばなるまい。どうして、汝を信頼できる?どうすれば互いに裏切らぬと保証出来る?汝らの言葉で書かれた覚書かね?』


『確かに、瑛語の権利書だけではフェアじゃありません。我々に取っては土地そのものと同価値でしょうが、あなた方に取っては唯の記号の並んだ紙切れに過ぎない。ならば、互いに互いのやり方で二重の契約を結ぶことにしましょう。私は瑛語で書かれた権利書を準備し、あなた方は同じ文言を綴ったビーズを結える。双方の権利書を交換し、互いに保管する』


『それで互いの首根っこを掴めると?』


『そうです。私の握るビーズは我々の法廷で役に立ちはしませんし、あなた方の握る契約書は貴方がたの部族社会では大した効力を持たぬでしょう。ですが、互いに条項を確認する分には大いに役立つ。いわば、互いに互いの社会に向けての責任を負うというわけです』


『条文の確認は君の隣に立つレナロがやってくれると?』


『現時点でモレロ族に瑛語を読める者がいないとなると、必然的にそうなるでしょう。今後の取引も考えると、其方の誰かに覚えていって欲しいものですが』


 ジェーンはレナロの方を見る。この子は恐ろしく利発だ。特に言語学については飛び抜けている。恐らく、他者へ教えることもそう困難なくやってのけるはずだ。


『彼は私の通訳ではありますが、あくまで一人の人間。この大地に生まれた正真正銘のヤマシ族の子です。信用できるか否かは彼と交流する中で判断して頂きたい』


 ジコンサシは深々と頷く。


『元より、そのつもりだ』


 ジェーンは頭を下げる。


『ええ、宜しくお願い致しますわ』


 夜は更けて行く。


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 それから数日後。二人は馬の背にトルコ石の工芸品やペミカン、煙草の箱を満載して帰途につく。勿論、ジェーンの懐には今回の会談で決まった諸々の契約文が大切に保管されていた。少なくとも計画の第一段階は好調に進んでいる。


 レナロは馬に乗りながら、ジェーンへ問うた。


「本当に、カルロスの奴があの一帯を手放すと思うか?」


「愚問ね。イエスと言わせるのが私の仕事よ」


 ジェーンは笑う。額面通りの利益があると見せつける。その為に、密輸を一度成功させる必要がある。それもモレロ族から得た物品で。



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自然信仰アニミズム

 ネイティブ・アメリカンの創世神話は、其々の住む地方によって様々なバリエーションを持つ。が、おおよそにおいて自然動物達が大きな役割をなしている。カラス然りコヨーテ然り様々な獣達が大役を担っている。

 本作で登場した角蛇は伝説上の怪物であるが、かなり広範に信仰される存在であった様だ。特に南東部の森林地帯や五大湖地方の多くのアメリカ先住民文化の口承史に登場する。

 他にも、有名どころでは雷鳥サンダーバードなどがいる。

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