第6話

「いやーこれでやっと家族全員集まれたね。涼夏には紹介が遅れたけど、こっちが新しく僕の妻になってくれた由美ゆみだよ」

「初めまして涼夏ちゃん、ひろしさんからいつもお話を聞いていて会いたいって思ってたの。これから家族としてよろしくね」

飴屋あめや 涼夏すずかです、よろしくお願いします」



 いくらなんでも気合入り過ぎでしょう。そう思わずにはいられない量の料理を囲んで、私の向かいで高校生カップル並みに初々しくハートを撒き散らしている父親と、美人な由美さん。


 何処の界隈をうろちょろすれば年齢がさほど離れていない未婚女性と出逢えるのかは分からないが、私の継母になったらしい女性は雰囲気も口調も柔らかくて父親にぴったりだと思った。



「由美ちゃんほーんとに美人だよね。私、由美ちゃんがママになってくれて嬉しいもん」

「ふふっ、初めて会った時にも梨歩ちゃんがそう言ってくれたから、凄く緊張してたけど梨歩ちゃんのおかげで肩の力が抜けたの」

「え~本当の事言っただけだよ~」



 やはりと言うべきか流石と言うべきか、コミュニケーション能力抜群の妹はすっかり新しい継母と打ち解け合っている様子で会話を弾ませている。


 SNSで流れてきたり、駅の広告で見かけたりするから私はすっかり会ったつもりになっていたけれど、実物の梨歩は以前にも増して可愛さが増している。凡人がどれだけ足掻いても手に入らない彼女のキラキラが、凡人代表の私には酷く眩しい。


 陰の人間で日陰ばかりを歩いて来た私は、現に今だって二人の会話に入れない。きっと二人共私を歓迎してくれるはずなのに、それを分かっていても会話に入れない。



 こういう時「飴屋はどう思う?」そう言っていつも吉良が自然と会話に誘ってくれているおかげで大学生活は無難に過ごせているけれど、私単体だと成人もとっくに超えたのに人間的成長がなくて自己嫌悪が募る。



「それから涼夏、こっちが由美の息子のまい君だよ。さっき僕が帰って来た時に二人顔を合わせてたから、もしかしたらもう名前知ってたかな?」



 いや、いちごじゃないんかい。平常時の私ならきっと心の中でそう突っ込んでいただろうけれど、生憎そんな余裕を欠いている。私から余裕を奪った犯人は言わずもがな苺と書いて「まい」と呼ぶらしいこの子にある。


 お父さん、確かに顔を合わせていたけれど、名前なんて教えてくれなかったよ。寧ろこのとんでもない人間のせいでえらい目に遭っていたんだよ…なんて、こんな和やかな雰囲気をぶち壊す事、言えるはずもない。



飴屋あめや まいです、ずっと一人っ子だったからお姉ちゃんができて嬉しいな。よろしくね、お姉ちゃん」

「……」



 え、誰。本当にさっきの人間と同一人物?


 衝撃が強くて持っていたお箸をうっかり落としそうになった。美しい顔に可愛げを含んだ爽やかな笑みを湛える彼は、誰がどう見ても好青年そのものだ。ソファの上で妖しく口許を緩めていた人間とはとても思えない。



「もう苺君、私がお姉ちゃんって呼んでってお願いしても全然呼んでくれない癖に、涼夏ちゃんはすぐお姉ちゃん呼びするのずるーい」



 唖然としている私を他所に、私の肩に顎を乗せて頬を膨らませている梨歩が彼に不満を漏らしている。



「だって梨歩ちゃんはお姉ちゃんって感じじゃなくて、梨歩ちゃんって感じだから」

「何それー」

「お姉ちゃんって感じより友達って感じがするってこと」

「ひどーい…まぁ、苺君に名前で呼ばれるのも全然アリだけどね」



 満更でもない表情をしている梨歩に対し、わざとらしいまでにニッコニコの苺君。頭の中が混乱している私は、二人の会話の内容に気を向けている暇なんてない。


 あれはやっぱり私の幻だった?そう思いたいけれど、唇ははっきりとあの体温と感触を覚えている。だけど私の目に映っている彼はあんな事を絶対にしなさそうな好青年だ。



 理解が追い付かない。というよりも、どれだけ時間をかけても理解できそうにない。折角、久しぶりに家庭の味を食べられているのに味がまるでしない。



「苺君ってばすぐ私のことイジるよね、意地悪~」

「意地悪してるつもりはないけどね」



 脳の過労でそのまま気を失うんじゃないかという懸念が湧く程に、彼が殆ど使わない私の脳をフル回転させてくれている。



「ね?涼夏ちゃん、私が言った通り苺君格好良過ぎてヤバいでしょ?」



 状況整理に努めている私の耳元で、梨歩の可愛い声が小さく溶ける。夕食の時間が始まってからの短い時間で唯一分かった事は、苺君を梨歩が相当気に入っているという事だけだ。


 確かにヤバいのかもしれないけれど、多分そいつ違う意味でもかなりヤバい人間だよ。そう思っていると、こちらを見ていたらしい彼と視線が重なった。



「…っっ」



 それから彼は私に向かって舌を出しながら、悪戯っ子の様に口角を持ち上げた。


 嗚呼、どうやらソファで起きたことは夢でも幻でもなかったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る