第3話

ホワイトベージュの明るい髪は、今日も今日とてしっかりとトレンドを押えたセットが施されている。派手なそのカラーもこの人の抜群に整った顔立ちにはよく似合っていた。



「あ、吉良きらだ」

「反応薄っ」

「何でいるの?」

「コーヒー買いに来た…ってのは建前で、飴屋に会えるかなって思って」

「……」

「そしたらやっぱりいた」

「私に会いたかったの?物好きだね」

「引いた顔すんな」



 私の顔を覗き込んで苦笑を滲ませた相手が「ここに座っていい?」と訊いてきたので縦に首を振る。正面に吉良が腰を下ろした瞬間、エアコンの冷たい風に乗って甘い香りがふわりと鼻を掠めた。それは、吉良がいつもしている香水の香りだった。


 吉良は相変わらず周囲の人間の視線を独占している。本人はそれが気にならないのか、将又この状況が当たり前になり過ぎて最早普通に感じているのか、まるで視線なんて向けられていないかの様に頬杖を突いて欠伸をしている。



「だって、昨日会ったじゃん」

「別に毎日会ったって良いだろ?」

「そういうもん?」

「そういうもん。俺は飴屋になら毎日会いたい」



 無邪気にくしゃりと表情を崩して笑う吉良は、存在が眩しい。この世にいる人間全てを陰か陽かのどちらかに分けるとするならば、誰がどう見ても私は陰の人間で吉良は陽の人間に分類される。妹の梨歩も陽に違いないし、私の父親も陽の住人だろう。


 何が言いたいのかと問われると、つまり私と吉良は明らかにタイプが違う人間なのだ。陽の人間が苦手で、その代表格とも言える梨歩の近くで生きる事に息苦しさを感じ、息苦しさを覚える己に辟易して逃げるように実家を出たのに、何故か私の正面には圧倒的に陽の吉良がいる。



 大学一年生の時、初対面で吉良を苦手だと思った私が即座に閉めた心の扉を無視して、この男はすんなりと侵入して来た。余りにも自然に侵入されたせいで拒絶する機会を逃し、気づいたらよく話す様になっていた。


 私にとって吉良は不思議な人間だ。仲良くなった今でも彼は陽の人間だと断言できるけれど、一緒にいて苦しくなった事はない。寧ろ心地良さすら感じてしまう。



「何で私がここにいるって分かったの?」

「勘。飴屋、ここのコーヒー好きでよく飲むって言ってたからもしかしたらいるかもなって」

「行動パターン完全に読まれてる」

「出逢って四年なんだからそれくらい分かるわ」



 目を細めてグラスに入ったカフェラテを飲む吉良は、映画やドラマのワンシーンを切り抜いたと言われても違和感を抱かない程に絵になっている。


 芸能事務所にでも所属すれば良いのに…。梨歩の近くで育ったからこそ吉良にも人を惹きつける魅力があると分かるけれど、どうやら本人はそっちの世界に全く興味がないらしい。



「出逢って四年か、あっという間だね」



 こんな風に長い夏休みに何もせず、何も考えずにダラダラと過ごせるのも人生でこれが最後になるのだろう。今の私にとっては当たり前だけれど、こうして頻繁に吉良と会って他愛のない会話を繰り返す事も今年が最後になるのだろう。


 そう考えると、大学を卒業して社会人になる事が少しだけ寂しく感じる。そしてその寂しさのおかげで私は案外、大学生活を満喫していたのだと気づく。


 グラスに残っている僅かな液体をちゅーっと吸い上げれば、唯一取り残された氷がカランと音を立ててグラスに衝突する。



「なぁ、飴屋」

「ん?」

「恐くて美しい西洋画展、前に行きたいって言ってただろ?明後日が最後らしいから行かね?」

「え…あー、行きたいけど無理だごめん」

「バイト入ったの?」

「ううん、父親が再婚したらしくて、再婚相手とその人の連れ子と急遽顔合わせする事になったんだよね」

「へぇ、義理の兄弟ができるんだ。連れ子って、小さいの?」

「高校生みたい」

「そっか、それじゃあ仕方ないな」

「誘ってくれてありがとう。あ、そうだ折角だから他の人誘いなよ」

「いや、それじゃ意味ないじゃん」



 小首を傾げた相手が唇を軽く緩めて「飴屋がいないと駄目」そう言葉を紡いだ。



「俺は、飴屋が行かないなら行きたくない」



 外から射す太陽の光が窓をすり抜けて吉良の顔にかかっている。彼の長い睫毛の影が頬にまで伸びていて、唇の色も光の具合のせいなのかまるで紅を乗せたみたいに鮮やかに映えていた。


 美人は三日で飽きるなんて言葉はきっと嘘だ。だって私は、四年間この美しい顔を見てきたけれど、未だにその美しさに溜め息が零れてしまいそうになるし、つくづく綺麗な顔だと感心してしまうのだから。



「てかさ、普通に聞き流してたけどこの年から義理の兄弟ができるってどんな感じ?」

「別に何とも。そもそも実家に住んでないから実感ないかな。でも、突然できた思春期の弟にどう接すれば良いのかなとは思う」

「は?相手の連れ子って男なの?」

「うん、父親が君付けで呼んでたから多分ね」

「何だよそれ…」


“うまく表現できないけど、なんか嫌だわ”



 ぐしゃり。目前にあった綺麗な顔がその瞬間だけ崩れた。

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