第2話
嗚呼、またか。あの人も若いな、まだまだ結婚する気力と体力があるのか。報告を受けた感想を述べるのならばそれくらいだった。
特段驚きもしない。父の性格やバイタリティを知っていれば三度目の結婚をするのも時間の問題だなという感じだったし、意外と結婚するの遅かったなとすら思う。それに、私はもう実家にも住んでいないし、実家に帰るのも年に一回あるかないかの程度だ。今更家族が増えた所で直接的に影響を及ぼす事はないだろう。
『妻になった彼女と、彼女の連れ子も含めて新しく家族になった全員の顔合わせをしたいから急だけど明後日実家に来れる?梨歩がその日以外暫く忙しいらしくて…』
全く急だな。明後日実家に来れるかだと?確かに毎日比較的暇だけど私にだって用事の一つや二つくらい…悲しい事にそれもない。全然実家に行けてしまう。報告メッセージに続いて届いた内容に目を通した私は『分かった』とだけ返事をする。
『良かった、苺君も良い子だからきっと仲良くなれると思うよ。それじゃあ明後日楽しみにしてるね』
若者のジャンルに入っているはずの私よりも速い返信速度でメッセージを寄越す父の文面には、見た事のない名前が記載されている。恐らくその子が父と結婚する人の連れ子なのだろう。
「いちご君?」
可愛らしい名前を口にしながら私はコテンと首を横に折った。刹那、今度は別の人からのメッセージ受信の通知が届きそのまま新着メッセージを開けば妹の
『
『うん、さっき連絡来てた』
『そっか、実は先週くらいから
『ヤバい?何かされたの?』
『そういう事じゃない、顔面が良過ぎてヤバいの!』
『何それ』
『もう私びっくりしちゃった。まだ高校生なのに年齢にそぐわない色気が爆発してるし、性格もスーパー良い子で、弟だと分かっててもドキドキしちゃう』
文脈から頬を赤らめてはしゃいでいる梨歩の姿が容易に想像できる。冒頭で妹に対して抱いているコンプレックスを散々並べた後だから補足しておくが、私と妹の仲は決して悪くない。寧ろ良好な方だと言える。
今年から大学生になった梨歩は、純粋で素直で誰からも愛される人間のまま一切擦れることなく成長した。高校生の時に始めたSNSがきっかけで芸能事務所からスカウトされ、大学に通う傍ら芸能活動にも精を出している。
だからこそスケジュールが殆ど埋まっている梨歩の都合を優先して、父も明後日集まれないかという打診をしてきたのだ。暇な私が梨歩の都合に合わせるのは当然である。
そんな事よりも、芸能界で様々な美形を見てきているはずの梨歩が私に連絡をする程に興奮している方が珍しくて驚いている。
人生ずっとモテている梨歩は彼氏が途切れた事がなく、彼氏になる男は漏れなく学校でイケメンと持て囃されている人間だった。そんな彼氏に対しても、梨歩は告白されたから断る理由もなくて付き合っただけだったらしく、ここまでの熱量を見せる事はなかったというのに…。
苺君とやらは一体どんな人間なのだろうか。会ったこともないのに義弟になったらしい人物がほんの少しだけ気になった。
『涼夏ちゃん、明後日、苺君と会って驚かないでね!涼夏ちゃんと久しぶりに会えるの楽しみにしてるね!』
もしかすると、梨歩は父親に似たのかもしれない。こんな屈折ばかりしている私に対してお世辞でも「会うのを楽しみにしてる」なんて言葉をくれる父と梨歩は、心が清らかで温かい。だからこそ、余りにも二人とは違う私はあの家で彼等と一緒に生活する事が息苦しかった訳だけど。
「美味しいケーキでも買って行こうかな」
画面が暗くなったスマホに反射して映る自分の口許は微かに緩んでいる。テーブルですっかり汗をかいているグラスを手に取ってストローからアイスアメリカーノを吸い上げた。
口に広がる苦みと鼻から抜けていくコーヒー豆の香りに幸福を感じつつ視線を外へ投げれば、もう少し弱まってくれても良いのにと思ってしまう紫外線にアスファルトが容赦なく照らされて陽炎が揺れていた。
日傘を差して首筋に流れる汗を拭きながら歩いている女性がさっきから何人も行き交っている。連日ニュースで取り上げられている通り、外は猛暑なのだろう。このカフェに辿り着くまでは自分もあの世界にいたはずなのに、すっかりエアコンで身体が涼しくなっているせいで暑そうだななんて、外を歩く人に他人行儀な事を思っていた。
「
ぼんやりと外を眺めていると、誰かが私を呼んでいる声が耳を突いた。反射的に視線を滑らせれば、そこには我が大学でミスターに輝き続けている男が立っていた。
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