人間の詰め替え

ちびまるフォイ

病気の誕生

「やる気が出ない……5月病ですかね……」


「まだ3月ですよ、患者さん」


「先生。それじゃこのやる気の無さはなんなんでしょう。

 何をやっても楽しくない。何もやりたくない」


「それなら、人間詰め替えを試してみては?」


「人間詰め替え?」


「やる気を失った現代人に今ブームなんですよ。

 コンビニでも売っていますよ」


「本当ですか! 探します!」


病院を後にして薬局もよらずにコンビニへ走る。

パックに詰められた"人間のもと"が売られていた。


レジで精算を済ませてキャップを開ける。


「ようし、やる気チャーージ!!」


口から一気に人間詰め替えを吸い上げた。

みるみるやる気が体に満ちていく。


「おおおお!! こ、これが詰め替えか!!

 新生活はじめたてばりの活力があふれてくる!!!」


夏休み初日の子どものように明日が待ち遠しくなる。

今までの無気力さはどこへやら。


「この活力があれば無敵だ!

 資格の勉強に英語の勉強、恋も頑張っちゃうし

 異文化交流会なんかも参加しちゃうぜーー!!」


一気にアクティブへと天秤が傾き充実した日々を送った。

もうすっかり人間詰め替えのヘビーユーザーとなる。


「〇〇さん、なんですかソレ」


「ふふふ。知らないのかい? 人間詰め替えだよ」


「はあ」


「やる気にかげりが出たら、すぐチャージ。

 これがモチベ高くいられる秘訣だよ!」


「そんなに細かくチャージしなくても」


「はっはっは。そんなんじゃ大成しないぞ。

 おっと、自己啓発セミナーに行く時間だ。それじゃ!!」


人間詰め替えをすれば、一気にやる気が充填される。

でもやる気を消費しつづけていると、最初のキラメキは失われる。


それが耐えられない。

常にベストコンディションでありたい。


そう思うと、人間詰め替えを手放すことはできない。


わずかでもやる気が減ったならすぐに詰め替えて、

初期のやる気の状態まで引き上げる。元気の自転車操業。


「ああ、忙しい! 人間詰め替えしつづけていると

 こんなにも毎日忙しいのか! 寝る時間がない~~!!」


そう言いながらおしゃれカフェでPCをタイプし続けた。



そんな忙しい毎日を送っているときのこと。

いつものように人間詰め替えを吸い込む。


「……あれ? なんか全然やる気が変わらないぞ?」


いつもは詰め替えた瞬間から元気バクハツ。

今回は詰め替えても月曜の朝くらいやる気が無い。


「詰め替えの質が悪かったのか?

 ちょっとお高めのやつで試してみよう」


結果は同じだった。

いくら詰め替えを吸入しても変化が無い。


かかりつけ医に相談するとMRIで結果は明らかになった。


「フタができてますね」


「フタ?」


「人間の体でやる気を貯蔵する臓器"やる器"があるんですが

 その入口付近にやる気が凝固してフタになってるんです」


「なんでそんなことに……」


「やる気をわんこそばみたく補充してませんか?」

「なぜそれを!?」


「臓器の注ぎ口にやる気が溜まってしまい

 それが固まってフタになってしまったんです」


「え……それじゃ僕はどうなるんですか?」


「人間の詰め替えはもうできなくなりますね」


「そんな! こんなに無気力な人生はしんどすぎます!!」


「そう言われても……。まあやる気が出ないってだけですから。

 詰め替えでブーストせず、普通に日常を楽しんでみては?」


「ブーストしなくちゃやってられないんですよ!!」


詰め替えがなぜできないのか。

それがわかったことはよかったものの、解決策はわからないまま。


やる器に貯蔵されていたやる気もどんどん失われ、

すっかり無気力なナメクジとなってしまった。


「あ゛あ゛あ゛~~……やる気でない……」


詰め替えし続けていたときに予約した

セミナーだとか、塾だとか、朝活だとか。

そういった予定が迫ってもまるで動きたくない。


「詰め替えができたならなぁ~~……」


ただトイレをベッドを往復するだけの毎日。

そんな非生産的な生活でも変化は起きるもので、トイレが詰まった。


「なんでこんなときに……」


もちろんやる気はないが、やるしか無い。

トイレのスッポンを取り出し何度も吸い上げる。


やっとこさトイレのつまりを解消したとき、流れる水を見てひらめいた。


「これと同じようにフタ取れるんじゃないか……?」


今自分のやる器の詰め替え注ぎ口にはフタができている。

それを引っ張り出すことはできない。


でもやる気を体の中で貯め続ければ、

逆流したやる気が内側からフタを飛ばしてくれるんじゃないか。


そうすれば再び前の生活に戻ることができる。


「やってやる! また詰め替えし放題の日々を取り戻す!!」


詰め替えに頼らずにやる気を貯め続ける決心を固めた。


壁や天井には極太の筆ペンで書いた自己啓発の言葉。

頭にはハチマキを巻いて、鏡に向かって言葉を投げかける。


「もっとだ!! もっとやる気を出さなくちゃ!!」


ふたたび詰め替えができる生活を夢見て。

ひとつの目標にむけて必死にやる気を絞り出す。

くじけそうなときも、とにかく行動してやる気をひりだし続けた。


そしてついにその時が来た。


ブスッ、ブスッ。


なにかが漏れ出る音が体から聞こえる。


「うおおお! やる気マックスだーー!!」


自己啓発の動画を流しまくってダメ押しする。


ぽんっ。


小気味よい音が聴こえてフタが口から出てきた。

人間詰め替えが冷えて固まったものだった。


「やった!! ついにフタを弾き飛ばせた!!」


ついにやる器までの道は開通された。

待ちに待った詰め替えの瞬間が訪れる。


「ああ、久しぶりの人間詰替えができる!」


キャップを外して、注ぎ口に口をつける。

思い切りパックを握りしめて、体に人間のもとを補充した。


これでやる気が--。



「あれ?」


出なかった。

フタはなくなり、確かに補充されている実感はあるのに。

それにどういうわけかあっという間にやる気が無くなる。


「どうして!? いったい何が!?」


病院に駆け込み、MRIを受けて結果を待つ。

臓器の写真をみた医者は難しそうな顔をした。


「先生、僕の体はどうなってるんですか?

 いくら詰め替えてもまるでやる気が出ないんです」


「これを見てください」


写真はやる器の写真だった。

そこかしこに小さな穴が空いているのがわかる。


「穴が空いている……でもどうして……」


「フタが取れていますが、臓器に穴が空いています。

 もしかして、めっちゃやる気を貯めませんでしたか?」


「ええ。フタを取るために逆流させるほどやる気貯めました」


「ああ……それが原因ですね……」


「なんでですか!」


「行き場の失ったやる気が膨張して、

 やる器の壁に穴を開けてしまったんです。

 今やあなたの臓器は穴の空いた袋と同じですよ」


「それじゃいくら詰め替えしても……」


「やる気なんてたまりません」


「そんな……! こんなに頑張ったのに……。

 この症例は過去にあるんですか?」


「いいえ、今回が初でしょう。

 なので病名を決める必要がありますね」



こうして世界で初めて病名が生まれた。

名を不治の病「燃え尽き症候群」という。

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