2-6 謁見の間でご挨拶

 社交界デビューの日の早朝。


「ドレスの着付けが終わった子は、カレンちゃんのところに行ってねぇ。特別に、カレンちゃんの出身地の希少なお化粧を使ったメイクをしてもらえるわよぉ」


 私はプリマ姫とジュネ妃の許可を得て、一緒にデビューする五人の少女のお化粧を手伝うことにした。

 私の〈マジカルドレッサー〉は、鏡のある場所ならどこでも起動できる。

 部屋に置かれた大きな三面鏡の前で、私は〈マジカルドレッサー〉を開いて皆を待った。

 すると、ドレスの着付けを終えたアブリルちゃんが、さっそく来てくれた。


「カレンちゃんがお化粧してくれるのね」

「うん。アブリルちゃんが可愛くなるように頑張るね!」


 私は三面鏡の前の椅子に、アブリルちゃんを座らせた。

 今回のメイクは、この世界の化粧の常識からはずれ過ぎてはいけないという制限がある。

 元の顔から気になる部分を少し補正して、より可愛く見せるつもりだ。

 ベースメイクをさっと済ませると、私はアブリルちゃん用に準備したとっておき・・・・・を取り出した。


「あ、可愛いポーチだね。中身は……?」

「眉毛用セットでーす」


 ポーチの中にはハサミやブラシ、毛抜きなど、眉用の様々な道具が入っていた。

 私はそれらを使ってアブリルちゃんの眉毛を左右対称になるように整え、不足している毛を眉ペンシルで一本一本描いていった。


「え? 眉毛だけにこんなに手をかけるの? 眉マスカラって、何??」

「いいから、いいから。はい、もう少しで……――完成です!」

「ふへ……?」


 アブリルちゃんは、これまでも自分で一通りのお化粧をしてはいたのだけど、眉毛の描き方を失敗していて、眉頭から濃く描かれた眉が、本人の言う田舎っぽさの原因になっていた。

 私は眉頭を薄めの色にし、中心にはしっかり眉毛が生えているように描くことで、自然で綺麗な眉になるようにした。


「すごい、一気にあか抜けた!」


 鏡の中の顔を見て、アブリルちゃんの瞳が輝いた。


「眉毛を整えると、一気に洗練された印象になるよね」

「本当に……眉毛でこんなに違うんだ。ありがとう、カレンちゃん。一生ものの知見を得られたかも!」


 アブリルちゃんは私の手をギュッと握って言った。


「一生ものって、大げさだよ」

「ううん、私の長年の悩みが解決された感じ。これから社交界に出ていくのに勇気をもらえたわ、本当にありがとう」


 興奮したアブリルちゃんと話しているうちに、他の女の子たちの着付けも終わって、次々と私の周りに集まってきた。

 私は彼女たちにも、それぞれに合ったお化粧をしていった。



   ◇ ◇ ◇



 準備が整ったその日の午後。

 私たちは皇帝陛下と皇后陛下に社交界デビューの挨拶をしに向かった。

 玉座の間の近くの待機室は、着飾ったたくさんの女の子たちであふれていた。

 皆、この日のために準備した最高のドレスを身にまとっている。


 ――異世界トリップしなかったら、こんな光景、一生見ることはなかっただろうな。


 華やかなドレスは、見ているだけでトキメクものがあった。……見ているだけなら、幸せだっただろうなぁ。

 女の子たちはそれぞれ、世話役の貴族を中心に小さなサークルを作っていた。

 どのグループが皇后陛下からの評価を得られるか、世話役の間にも競争があるのだろう。待機室の中はピリピリとした空気だった。


 私たちもジュネ妃の周りに固まって、玉座の間に呼ばれるのを待つ。

 その間、次々と別の女の子のグループが玉座の間に向かい、戻ってきていた。

 その表情は悲喜こもごも。

 皇后陛下としっかり会話を交わせたグループは上機嫌だが、一方で、ほとんど無視されたグループは青ざめた顔で戻っていた。


「順番……後の方なのキツイねぇ」


 アブリルちゃんが小声で話しかけてくる。


「うん。でも、もうすぐだよ」


 やがて私たちの番が来て、玉座の間に通された。

 天井の高い広い部屋の左右に、この国の重臣たちが並んでいる。その奥の壇上には黄金の椅子が二つ並べ置かれ、皇帝陛下と皇后陛下が座っていた。

 皇后陛下は濃い紫のドレスを着て、とても大きな宝石のついたネックレスをしている。その強い存在感の隣で、瘦身の皇帝陛下が大人しくちょこんと座っていた。

 皇后陛下の実家の公爵家はこの国一番の貴族で権勢を誇っているという話だったけど、これは、目に見える形で力関係が現れているのかもしれない。

 両陛下の前に出てジュネ妃が挨拶するのに合わせて、私たちも教わったカーテシーを披露した。

 それに、皇帝陛下は無言でふむと頷くだけだった一方、皇后陛下はギョロリとした目で私たちを見下ろした。


「……ジュネ妃のところには、他に伝手のない田舎娘の世話を任せていたはずだけど、これは思いの外、仕上げてきたわね」

 と、皇后陛下は言った。


「ありがとうございます。皇后陛下にお褒めいただいて、頑張って準備した甲斐がありましたわぁ」

 と、ジュネ妃が答える。


「そうね。この子たちの社交デビューがうまくいくように祈っているわ」

「ありがとうございます」


 それで会話を終えて、私たちは退出した。


 待機室に戻る私たちの足取りは軽やかだった。


「やった! 皇后陛下、好感触だったね」

「良かったぁ。これなら、田舎者って馬鹿にされないで済むかな」

「ホッとした。今日は久しぶりに熟睡できるかも」


 仲間の女の子たちはとても嬉しそうだ。


「――良かったわね、カレン。無事にお目通りができたみたいね」


 廊下の途中で、待っていてくれたプリマ姫に話しかけられた。


「プリマ姫、ありがとうございます。何とかなったみたいです」

「うんうん、皆、すっごく可愛いもん、当然だよねぇ。カレンちゃんのお化粧のお蔭かなぁ」


 サマル皇子はニヘラッと笑って、はしゃぐ女の子たちを見ながら言った。


「いえいえ、私は少し気になる部分を整えた程度ですよ。ナチュラルメイクです」


 詐欺レベルの厚塗りで社交会デビューさせたら、後々あの子たちが困るもんね。自然な感じに仕上げさせてもらった。


「お手柄ね、カレン」

「皆可愛くて、僕もハッピーだよぅ」


 サマル皇子は嬉しそうに、他の女の子にも声を掛けに行った。


「――さて、あなたを褒めるだけで終わりたいところだけど、今回のことは巡り合わせもあったわ。まだ警戒心は解かないでね」

 と、プリマ姫は言った。


「巡り合わせ?」


 彼女は私に顔を近づけ、小声でささやく。


「第一皇子を皇太子にできなくなった皇后は、義理の息子を次の皇帝にしないといけないの。今は先方も、第二皇子や第三皇子との間に波風を立てたくないのよ」

「なるほど。だから、甘口に採点されたわけですか。私たちはタイミングが良かったのですね」

「ええ。まあ、何にしろ上手くいって良かったわ。でも、あの皇后が気に入らない娘を苛めるときは物凄いから、気を付けておいてね」

「は……はい」

 権力者の皇后陛下かぁ。目を付けられないように、大人しくしていよう。



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