妖精の取り分
柊かすみ
本編
我が家のお姫さまは、好奇心を満たすことに余念がない。起きて意識のある時間のすべてを費していると言っても過言ではないくらい常に、楽しそうで刺激的なモノを求める。そして、キラキラの瞳とニマニマの笑みを私に向けて言うのだ。
「見て! これ、なんだと思う? ねえねえ、これ何かわかる?」
彼女はいろんなところでいろんなものを拾ってくるから、我が家はいつもがらくたでいっぱいだった。古本は本棚からあふれて床に積まれていたし、物によっては背表紙がボロボロになって、ただの紙の束と化していた。昭和を感じるガラス製の灰皿が、喫煙者のいない我が家では文鎮として、その紙の束をどっしりと押さえつけていた。
錠前の壊された金庫を拾ってきたときには、事件性を感じて流石に怖かった。今その金庫には、ノイズの酷い中古一眼レフカメラと、カビの生えた中古カメラレンズと、新品のマウントアダプター(そのカメラとレンズは規格が異なり、アダプターで変換しなければ装着できなかった)が、除湿剤とともに入れられている。
「カメラに湿気は大敵なんだよ!」
画面保護フィルムの割れたスマホを片手に、彼女は胸を張って、知ったばかりの知識をひけらかした。
彼女が変なものを拾ってくるたびに、私は「次こそはちょっときつめに注意しよう」と決意するのだが、このキラキラとニマニマを前にした私は無力で、注意できたことは一度たりともなかった。
散らかった部屋にかろうじて存在した足の踏み場で、綱渡りのように移動する。この移動にはすっかり慣れていたが、だからといって何も感じないわけではない。だから今日の私達は休日デートという名目で、収納ケースを買うショッピングをする予定だ。今日と明日の週末で、このがらくたの大山を、小山くらいにすることが目標だった。
しかし今は、壁掛けデジタル時計いわくまだ八時二十分。その隣の壁掛けアナログ時計の針はへの字をしていて、これではお店もお姫さまも動いちゃいない。もう少しの辛抱かなぁ、なんてことを大してつらくもないのに考えた。
物にあふれたこの部屋で、ベッドの上だけはぽっかりと整っている。それはまるで私と彼女のための聖域のようで、多分彼女も同じように思っている。だから彼女はベッドの上に物を持ってくることは決してしなかった。何者にも侵すことのできないそこで、すやすやと寝息を立てる彼女を見下ろした。
彼女の焦げ茶色の長髪が、ゆるやかなカーブを描く。頭から肩へ、そして仰向けになった胸元に。呼吸に合わせて胸は上下し、髪もつやつやときらめく。カーテンの隙間から細長い光が、ちょうど彼女の胸元を貫くように差し込んでいた。だから私は、彼女の足元でくしゃくしゃになったタオルケットを広げて、掛け直してあげた。そのとき細かな埃が舞ってしまったようで、それは日の光を受けて輝いた。
「これじゃあ、お姫さまというより妖精さんかな」
私は、背中に生やした翅で飛び回る彼女の姿を空想した。目を覚ました彼女が「まだ寝てたい」と駄々をこねて暴れまわり、鱗粉を——埃を撒き散らしたのは、その三十分ほど後のことだった。
/
いくらデートと銘打っても、インテリア用品店へ行って返ってくることにそう時間はかからない。「できるだけおっきな収納ボックスを買おう!」と鼻息を荒くする彼女を制止していた一幕もあったが、結局その買い物は昼頃には終わった。帰宅し、昼食をとる。食事中、彼女は買ってきた収納ケースが気になるようでチラチラと視線をやっていたから、昼食後、掃除と整理は彼女に任せて、私は食料品の買い出しへと向かった……のだが。
「イチゴだぁ!」
帰宅した私から買い物バッグを受け取った彼女は、その中身を冷蔵庫や棚へしまおうとして、バッグの中で最も上に丁寧に置かれていたものにまず気づいた。プラスチックの容器に盛られたイチゴ。大事そうにそれを抱えた彼女は、きゃいきゃいと鳴き声のようなものを上げながらその場でくるりと回る。イチゴのパックはフィルムで蓋をされているとはいえ、危なっかしくて私は彼女に歩み寄り、腰を支えた。
「せっかくの週末だし、もうすぐ春だしね。冷蔵庫で冷やしておいて、明日食べよう」
上機嫌な彼女は私に頭をあずけるように寄り添う……が。
「……そういえば、部屋の掃除は順調?」
私がそう尋ねると、ぎくり、という音が聞こえるくらい急に彼女は動きを止めた。そして数秒後、そっと私から離れて俯く。
「掃除しようとしたら、昔拾った面白そうなやつ、発掘しちゃって……」
「発掘しちゃったかぁ……」
おずおずと指し示したそちらを見ると、いつのものかわからない技術同人誌が床に並べられている。彼女自身が買ったのではなく、どこかで譲り受けたものだろう。彼女も私もプログラミングはプの字もわからない。けれど、同じ日本語で書かれているはずなのにまったく理解できない文章というのは、独特な味わいのあるものだった。
……幸いまだまだ週末は長い。本格的な整理は明日やるとして、土曜である今日は軽く現状を把握するだけにしよう。くすり、と思わずこぼれた笑みをそのままに、私は彼女の頭をとんとんと撫でた。
/
翌朝。
結局昨日は、私達が出会う少し前の新聞を彼女と一緒になって読んで、気づいた頃には日が暮れていた。ご飯を食べてお風呂に入って、なぜかうきうきとした彼女に寝かしつけられて。おかげでぐっすり熟睡できた私は、いつもより少し早くに目を覚ましていた。
遅れて起きてきた彼女に、私はホットココアを入れてやりながら尋ねる。
「ねぇ。『天使の取り分』って言葉、知ってる?」
「天使……えんじぇる?」
「醸造、お酒を作るときにアルコールが蒸発することで嵩が減ってしまうことに対して、『天使に差し上げたんだ』とする考え方があるの」
「へぇー、そんなことがあるのかぁー。……天使かぁ」
ねむたげに目をこする彼女にカップを差し出す。彼女は受け取ろうと両手をこちらへ伸ばし……そのタイミングで私は、
「それで私、思ったの。このイチゴが減っているのは、きっと妖精さんの仕業なんだろうなぁって」
私はキッチンに置いておいたイチゴのパックに視線を向ける。プラスチックの容器に盛られたイチゴは、透明なフィルムによって蓋をされている。フィルムは端に塗られた糊によって容器に密着しているのだが……それにしては歪な貼り付き方をしていた。よく見ると、そもそものイチゴの盛られ方も不自然だった。まるで、きれいに盛ったあとに数個取り除いたような。
私につられてイチゴのパックへ向いた彼女を視界の端に収めつつ、私はわざとらしく首を傾げてみせた。
「妖精さんが食べちゃったのかな、って」
「……ヨーセイ?」
「そ。私のイメージ的に、イチゴを食べたのは天使というより妖精かなぁって。気ままで、いたずら好きで、なによりかわいい妖精さん」
「ソンナコトガ、アルノカァ……」
視界の端で彼女は目を泳がせ、わかりやすく動揺していた。私の方へ差し出していたはずの両手は、今は胸元でもじもじと落ち着かない。俯いて垂れた髪をいじったり、握りこぶしを作ったり。
「妖精さん、いつか会えるかな?」
私は彼女の方に向き直り、今度こそちゃんと、ホットココアのカップを差し出した。むにむにと何か言いたげにくちびるを動かす彼女だったが、私がじぃっと見つめると、気まずそうににへらと笑う。そして両手を差し出して、私からカップを受け取った。
妖精の取り分 柊かすみ @okyrst
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