幼馴染と高級チーズ。あと喋るネズミ
紫野一歩
幼馴染と高級チーズ。あと喋るネズミ
「おーい、相談があるんだけど!」
玄関から出てすぐに足元から声が聞こえた。見てみると、鼠捕りに尻尾を挟まれたネズミが手を振っている。
ああ、そういえばシンヤが三日前に鼠捕りを作ってみたいとか言っていたな。さすが私の弟。しっかり効果がある罠を作れたみたいだ。
あと三十分もすればあいつも小学校に行くだろうから、その時処理するだろう。
私は吹奏楽部の朝練があるので、こんなものには構っていられない。
「あああちょっとちょっと! お姉さん! 待って!」
チューチューと甲高い声で呼び止められる。
「なあに? 私急いでいるんだけど」
「この罠解いてくれない? もちろんタダとは言わないよ!」
時計を見ると、まだ十分くらいは余裕がある。
「聞くだけ聞くけど」
「秘蔵のチーズコレクション! 仕方が無いからこれをお姉さんにあげよう! とっておきだからね、他では手に入らないよ!」
「……先週お母さんが『チーズが齧られてダメになった』って嘆いてたんだけど」
「…………それは災難だね! 僕のチーズ食べればお母さんもたちまち元気になるよ!」
「そのチーズの材料ってオランダ産のゴーダチーズじゃないよね? まさかね」
ネズミはつぶらな瞳をくりくりさせながら首を傾げた。気まずい事があれば可愛さで全て誤魔化して来た。そういう歴戦の演技力を感じる。
「お母さんが楽しみに買って来たオランダ産のゴーダチーズじゃないよねって聞いてんのよネズ公」
「……お姉さん。チーズに貴賎なしだよ。産地が何処だ、作られ方がどうだ、そんな事でチーズの価値は決まらないんだよ。口に入れた時美味しいか、それだけさ。そして僕が持っているチーズは口に入れたら美味しい。それ以上に何を求めるって言うのさ」
「じゃあ私行くから」
「ああああ! 待って! 待ってごめんなさい! この埋め合わせはするから!」
「どうやってよ。働けないでしょアンタ」
「羽倉シュウイチ君の好きな人を調べるから!」
ネズミの口から飛び出た名前を聞いて、鞄を取り落とすところだった。
「……どうしてシュウイチが出てくるの?」
「だってお姉さんいつもメッセージ送ろうかどうか迷っているでしょう」
「……どうしてそんな事知ってるの」
「そりゃ屋根裏から見えますし。いつも同じ画面でしたし」
ネズミの眉間に指を突き刺す。
「いだだだだ」
「見ていいと思ってるの? それともネズミ社会だと他人のプライバシーにずかずか立ち入るのは犯罪にならないのかしら?」
「ぷら……あっはっは、ちょっと人間の言葉難しいですね」
ひねりつぶしてやろうか。しかし、そうするとシュウイチの好きな人が聞けないままだ。正直、とても知りたい。
小学生の頃から隣の家にいるというのに、中学二年までデートにすら誘わないアイツ。まさか他に好きな人がいるのでは、という疑念が浮かんで来たのはつい一ヶ月ほど前だ。シュウイチが女子にモテる、なんて噂を聞いたからだった。
正直あんな九九の七の段が出来なくて号泣し、シンヤと一緒に悪戯して私の母に雷を落とされて号泣し、私に殴られて号泣するような奴を慕う物好きな女子なんているとは思わなかった。最近急に背が伸び始めてアイツは調子に乗っている。
「……調べ終わったらまた来なさい」
鼠捕りのばねを外して、開放してやる。
「仕方ないね! 報酬はモッツァレラでよろしく!」
「アンタすでにチーズ盗んだでしょうが」
私の声は届かなかったか、はたまた届いて無視したか。ネズミは立ち止まらずに一目散に塀を越えて行った。頼むぞネズ公。高級チーズ分の働きはしてくれよ。
バチーン。
何かが閉じる音がした。
ああ、忘れていた……シンヤが鼠捕りを作っているという事は、シュウイチも一緒になって作っているに決まっているのに。シュウイチは未だに中身は変わっていないのだ。
塀に上半身を乗せて覗いてみると、玄関扉脇で尻尾を挟まれひっくり返ったネズミがこちらに手を振っていた。
「おーい、相談があるんだけど!」
どうしてそんな見え見えの罠に引っ掛かるんだ!
助けようと塀を乗り越えようとした時、ガチャリと扉が開き、大きなバッグを持ったシュウイチが出て来た。
どうやら野球部も朝練だったようである。
「え、何してんのアキラ?」
塀の上に立つ私を、怯えたように見上げるシュウイチ。その足元でネズミが今にもシュウイチに好きな人を聞きそうな仕草をしている。
「一旦黙れネズ公!」
「えええ……」
咄嗟に叫んだせいでシュウイチに言っているみたいになってしまった。
私にも言い分はある。
言い分はあるが、朝っぱらから塀の上に仁王立ちする女子中学生という絵面を和らげる言葉が咄嗟に紡げない。
「……で、どうしたんだ?」
「お、お母さんのチーズが齧られたから」
だから、こうなった。
説明として間違っていないが、二十段階くらい説明をすっ飛ばしてしまった。
「いや……え~。……今日一緒に買いに行くか? アキラも部活ないだろ、放課後」
「…………うん」
シュウイチの足元でネズミがウインクしていた。
いや、全然結果オーライじゃないからな。
今更になって、顔が熱くなって来たのを感じる。
恥ずかしすぎて、しばらく塀から降りるに降りられなかった。
幼馴染と高級チーズ。あと喋るネズミ 紫野一歩 @4no1ho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます