人間界に落とされた悪魔と天使が同棲を始める話

せにな

第1話 この世には『悪魔』と『天使』がいる

 突然だが、この世に『悪魔』と『天使』が存在すると思うだろうか?


『悪魔』と『天使』と言っても、皆が考えるような”意地悪なやつ”だとか”聖母のような存在”みたいな、そんなやつらの話をしていない。

 俺がしているのは、この世にその2つの種族が存在するかどうかについて。


「いない!この世界に悪魔さんと天使さんはいない!!」


 大きく手を上げるのは小さな男の子。

 脇の下にサッカーボールを抱え、泥だらけになった顔はなんとも楽しげに笑っている。


「まぁそりゃそうだ。普通ならいないって答えるよな」


 屈めた膝に頬に杖を付いた俺は、ぐしぐしと少年の頭を撫でる。


 実際、俺が『お前は神の存在を信じるか?』と問われても、『いないです』って答えるだろう。


(まぁ見たことがないからそう言えるだけなんだけど)


 でも、この少年もそれと同じ。

『悪魔』と『天使』の存在を見ていないから、こうして『いない』と言い張れているだけ。


「……てか、そう簡単に現実を見すぎるな……?ガキなんだからもっと夢と希望に満ち溢れろ?」


 このガキンチョは見るからに小学生。年齢にして8歳といったところだろうか。

 俺がこの歳の頃なんて『神様!?かっこいい!』とか、『僕も戦いたい!』とか。無邪気な夢を追っかけていた。


 ……なのにも関わらず、このガキンチョは『いない』と言い張るのだから、これが時代の流れというやつなのだろう。


(……俺も年老いたか……)


 ひとりでに苦笑を浮かべていれば、コテンと傾げた首で少年の口が開かれる。


「お兄さんは信じてるの?天使さんと悪魔さんの存在」

「んまぁ、信じてるな」

「お兄さん子どもだね!」

「おいごらうっせーぞ」


 コツンと軽くチョップしてやれば、ギャハギャハと高笑いを浮かべた少年は「にっげろ〜!」とサッカーボールを蹴りながら走り去っていく。


『逃げる仕草は今も昔も変わらないんだな』なんて安心感を抱きながらも、腰を上げた俺は足跡を辿って追いかける。


「待てガキンチョー!」

「僕はガキじゃないもーん」

「誰がどう見てもガキじゃ!!」


 年の差もあるからか、簡単に追いつけてしまいそうな速度。

 でも当然のように追いつかないでいる俺は、誰もいない夕暮れの公園をただガキンチョと走り回る。


 話は戻るが、この世に『悪魔』と『天使』がいるかどうかについて。


『所詮は空想上の存在』

『アニメとか漫画とかで思考に割り込んでくる悪魔と天使の類だろ』


 そんな考えを抱くのも分かる。

 実際、”本来ならその存在で終わるはずだった”。


 結論を言おう。

 この世に、『悪魔』と『天使』がいるかどうか。


 答えは”いる”。

 というか、”俺がその悪魔”だ。


 そして――


「ちょっと魔穂斗まほと!!子どもをいじめないであげて!!」


 わざわざ目の前に立ちふさがった少女は、大きく腕を広げる。


 腰まで伸ばした金色の髪はこれ見よがしに靡き、クリっとした瞳が鋭く俺を睨む。

 整った顔立ちをしているのに、眉間にシワを寄せてるせいでそれが全て台無し。


 癪なことに、もとより大きい胸をさらに張り上げる少女――天楽てんらく朱使葉あつは――は、避けようとする俺を邪魔する。


 右に動けば右にズレ、左に動けば左に動く。

 ひっつき虫かよ、とツッコミたいのをグッと堪え、やり返すように目を細めた。


「……んだよ」

「んだよじゃない!子どもをいじめないで!」

「いじめてねぇよ。一見だけで物事を判断するな」

「……いじめてないの?」

「だからそう言ってるだろ。分かったならさっさとどっかいけ」

「……怪しいからあの子に聞いてくる」


 そうしてクルッと体を回した朱使葉は、首を傾げる少年の下へと歩いていく。

 ……そして、満面の笑みで口を開いた。


「ねね、ぼうや?あの変な男にいじめられなかった?」

「変な男ってお兄さんのこと?遊んでもらってただけだよ!」

「ほんと?脅されてない?」

「脅されてないよ!さっきもサッカーしたんだ〜」

「……多分それ、最初は優しい一面を見せといて、後から悪いことされるよ?」

「え!?そうなの!?」


 大きく目を見開く少年に、大きく頷く朱使葉。


 この世には『悪魔』がいる。それは先程も述べたように、紛うことなく俺のことだ。

 そして、この世には『天使』もいる。


 ここまで言えば、皆まで言わなくとも分かるだろう。

 ……そう。あいつ……もとい、天楽 朱使葉が、その『天使』なのだ。


 けど俺は信じてない。

 あいつは『天使』という皮を被った真の悪魔だと思っている。


 というか悪魔だろ。なんだ?俺が後から悪いことする?

 冗談でも言うんじゃない。


 キッと睨みを向けていれば、なにかを察したのだろう。

 返すように睨みを浮かべられ、


「……いま、私のこと悪いように考えてただでしょ」

「当たり前だろ。今すぐにでも死ねって思ってる」

「ほら!聞いた!?私のこと死ねって言う男だよ!?」


 ピシッと俺のこと指さし、少年に声を張り上げる……のだが、コテンと首を傾げた少年は、サッカーボールを手に取って告げた。


「男の子が女の子に悪口を言うのは、好きだからだよ?僕の同じクラスにもいっぱいいるもん!好きな子にいたずらしちゃう男の子!」


 ピシャリと体を固めたのは俺だけではなく、朱使葉までも。

 わなわなと怒りを表すように震え始める朱使葉の腕を視界の端に留めながらも、勢いよく少年の肩を掴んだ。


「なぁガキンチョよ。その言葉を今すぐに撤回してくれないか?」


 子供の前ということもあり、頑張って笑顔を作ろうとした。……のだけど、それが帰って『焦っている』と見受けたのだろう。

 ニマ〜と笑みを浮かべた少年は、俺達2人の顔を指差し、


「お兄さんとお姉さん好き同士だ!」


 ギャハギャハと笑い始めた少年は、俺の手を振り解いて逃げていく。


 そうして少年の姿が視界に映らなくなったというのに、動かせないでいる顔は自分でも分かってしまうほどに熱い。

 それは恥ずかしいから――ではなく、怒ってるからだ!!


 意味もなく宙を彷徨っていたこぶしを握った俺は、勢いよく朱使葉を指差す。


「誰がこんなやつのこと好きになるかよ!!」

「誰がこんなやつのこと好きになるのよ!!」


 俺の言葉に被せてきたのは、言わずもがなの忌まわしき女。

 俺と同じように指を差し、赤くなった顔は犬のように歯茎を剥き出しにしていた。


「息ぴったりだ〜!おにあ〜い!!」


 どこの種族もこのぐらいの歳ともなれば、誰それ構わず煽りたくなるものなのだろう。


 高笑いを浮かべる少年は、またもやサッカーボールを蹴り始め……かと思えば、遊具にシュートを決めて逃げるように高台に登り始める。


「「こんのクソガキ!!」」


 またもや言葉が被った俺達は、どちらからともなく腰を上げてガキンチョを追いかける。


 というか、悪魔が言う分にはいいと思う。

 けど天使が『クソガキ』っていうのは何事だよ。大天使が聞いたらなんと言うことか。


 ……いやまぁ、使だから、親ばかのあの人はなにも言わねぇか……。


 心のなかで呆れを抱きながらも、ガキンチョを追いかけ続ける。


「魔穂斗はあっち回って!!私が登るから!!!」

「は!?俺に指図すんな!!俺が登るから朱使葉が下で待ってろ!!」

「はい!?私に従えないっていうの!?」

「当たり前だろ!!誰が宿の命令に従うかよ!!!」

「あっそ!!じゃあもうお好きにどーぞ!!!」

「言われなくとも!!!」


 俺達は『悪魔』と『天使』。

 それと同時に、『宿敵』。


 生まれたときから啀み合い、物心ついたときから喧嘩。

 わざわざ天空に登って喧嘩を売りに行ったり、わざわざ冥界に降りてきて喧嘩を売りに来たり。


 そんな日々を過ごしてたある日。

 俺達は『大天使』と『魔王』によって、人間界に落とされた。


 理由?んなもんひとつに決まってるだろ。


(天使という存在を潰すためだよ!!)


 グッと握りこぶしを作った俺は、ガキンチョを捕まえようとして――


「ちょっと!服引っ張らないで!!」

「お前こそ人の髪引っ張るな!!」


 呆気なく避けられ、お互いの嫌味を唱え合う。

 俺達は『宿敵』であり、『悪魔』と『天使』。


 それと同時に、『高校生』でもある。

『人間界に降りたのだから高校に行け』と”父上”に言われた結果がこれ……なんだが!釈然としねぇよ!!!


 心のなかで叫んだ俺は、颯爽に朱使葉の服を手放してガキンチョを追いかけ始めた。

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