君に私の羽根をあげるから
華周夏
君に私の羽根をあげる
陸上部の部活の帰り、古語辞典を忘れたのを思いだし、私はもう暗い廊下を軽く走りながら教室へ向かう。今日は足取りが軽い。誰もいないからだ。そっと私は見つからないように羽根を使う。夜しか使えない私の魔法。きらきら光の粉を撒いてうっすらそこは明るくなる。突き当たり、3の5のドア。
いつもとは違う砂矢くんがいた。教室は真っ暗なのに、砂矢くんの周りだけが明るい。『同族』だとは解ったけれど、私達の中でもヒトの中に溶け込む道を選んだもの、ある年齢になったら森へ帰るものがいる。それだけではない。脅されて使われる者もいる。生物的ヒエラルキーでは私達はヒトより弱い。私は急いで羽根をしまい、教室のドアを開けた。驚いた砂矢くんの声。いつもと違う。肌がピリピリするほどの緊張感と、敵意。
「砂羅さん?遅くにどうしたの?」
やけに静かな教室。観葉植物も、息を止めて私たちを見ている。
私は、平静を装って本当のことを言う。
「古語辞典忘れちゃって。砂矢くんは?」
「失くしもの。懐中時計。ロケットにもなってる。ダサいから皆帰った後から探してた」
本当だ。妖精の親から渡される、満月や新月、月食、日食の時計。私も持っている。ロケットは、星の粉。飲めば短時間だけ、羽根を使わなくても、飛べる。
「探すの手伝うよ。あのさ──砂矢くんて、妖精なの?星の──」
言いかけた言葉に砂矢くんの殺気の矢が刺さる。かなり痛い。
「待って待って、痛いから!私も『同族』なの!」
私は羽根を出した。光がぱらぱら零れる。
「妖精なのよ、私も」
「しかも、かなり高位の…いや、羽根で解るよ。砂羅さん、王族だろ」
「……お母さんがね。お父さんはヒト。駆け落ちしたって。お父さんはお母さんの羽根欲しさの密猟の狩人から、お母さんを庇って死んじゃった。お母さんは狩人に羽根を獲られたの。私が生まれる前の話」
今更、妖精の里にもいけない。密猟に怯える日々。妖精って結構面倒ね。
「僕は普通の妖精。でも、今日が期限なんだ。里に帰る日。今年一番の月なんだ。空の扉が開く日なんだって。離れて暮らす母さんと父さんは、西の森林公園で待ってる。でも、古傷の羽根の根元が急に壊死して、再生した羽根が1ヶ月前に取れた。僕は帰れない」
独り立ちの儀式で、僕の部族はある程度成長してからヒトと暮らす。でも、僕はバレた。狩人の子供の集団に。4人がかりで押さえつけられて羽根を獲られたんだ。
「僕達はヒトの空想の産物であって、存在してはいけないんだよ」
砂矢くんは泣いていた。いつものクラスの中心の太陽みたいに明るくて綺麗な歯を見せて笑う砂矢くんはいない。
「片翼は大分再生した。けれど……ダメみたいだ。もう半分は、もう壊死した部分から取れかかってる。里に帰らなきゃ行けないのに。もう、間に合わないな」
いつもとは違う砂矢くんは笑った。いつもより大きな満月だった。確か、スーパームーン。本当に月が怖いくらいに大きく見えて、光も太陽みたいに明るくて、私はそれだけでも怖かったのに、砂矢くんは、紅い口唇で笑っている。泣いている。
私はずっと砂矢くんが好きだった。あの太陽みたいな砂矢くんに憧れた。砂矢くんは翔ぶべきだ。私は陸上部だし、地面だけでいい。
「砂矢くん、私の羽根をあなたにあげる」
私は力任せに羽根を捥いだ。痛くて、つらくて、悲しかった。この羽根で砂矢くんは行ってしまう。でも、砂矢くんの羽根となって私の羽根は生きる。それだけで、充分。今の私にはこれ以上はない。
メリメリと背中が裂ける音がする。透明な、薄い紫色の大きな羽根をふるい、光の粉を出す。無理やり後ろを向かせた砂矢くんの壊死した羽根を捥ぎ、やはり壊死し始めたもう片方の羽根をむしり獲った。砂矢くんは痛みを歯をくいしばって耐えていた。
光の粉で、もう壊死したりしないようにきちんとケアをする。
「早く、行かないと。あのね──」
そっと言葉を塞ぐように砂矢くんは私にキスをした。私は砂矢くんを見つめ泣いた。
「私はずっとあなたを見てた。お陽さまみたいな砂矢くんが好きだった。砂矢くんは?幸せな時間はあった?あなたは、幸せだった?少しでもこの世界を、好きだと思えた時間はあった?」
「うん。僕も、幸せだったよ。幸せな時間もたくさんあった。特にさ、砂羅さんは僕の憧れだった。僕さ、砂羅さんが好きだった。僕はこの羽根で生きる。ずっと忘れない」
「さよなら。いつか何処かで」
会える場所なんてないのに。
会える時なんてこないのに。
次の日の教室。何もなかったように、1日が終わる。『砂矢くん』の存在を、誰も覚えていなかった。
「砂羅?どうしたの?ぼんやりして」
「……ううん。なんでもないよ」
陸上部の部活。流石に100mを10本はキツい。こうして、全てを無かったことにして、時間は過ぎる。私は地面を這い回る蟻で良い。トンビの声に、私は空を見上げる。昼間の月は淡くて、儚い。ヒトとは相容れない、妖精のように。
──────────FIN
君に私の羽根をあげるから 華周夏 @kasyu_natu0802
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