第23話
「こうやって一緒に歩くのも二度目になるか。前は鍛冶屋を紹介してもらったな」
隣を歩くレナの姿に、この前の記憶が過ぎるセシリア。相変わらず人通りは多く、時折行き交う馬車に掻き分けられる人の波、村では考えられない光景であったが、セシリアも考え事ができる程度には慣れた。以前、自分の街を紹介するレナの姿は明るく楽しそうであったが、今のレナは、
「そうですね。その日以来毎日依頼で忙しそうにされていたので。怪我をしても欠かさずに」
「うっ」
どこか虫の居所が悪いようだった。些細なやりとりのうちにセシリアを困らせる小さなとげがあった。拗ねた様子を見せるレナに、セシリアは返す言葉がない。こんな風になってしまったのは、セシリアがレナの心配を無視して怪我をし続けたからだ。
——そこは仕方ない。今日、ここから挽回しよう
セシリアはそう心の中で意気込んだ。何をしようか、あれを買おうか、と一人うんうんと悩むセシリアの横でレナはポツリと零す。
「いつでも誘って下さればいいのに……」
その寂しげな呟きはセシリアの耳に入ることなく風に流されていった。
宿を出て、少し経った頃、セシリアが何かに気付いたのか唐突に声を上げた。
「そういえば、今日は手を繋がなくてもいいのかい?」
前回、レナの方から急に繋いできたことを思い出したのだ。およそ剣など握ったことはないであろう柔らかな感触、人肌特有の温かい鼓動、今でもありありと思い出されるそれは、セシリアに一人ではないと思わせるには十分だった。故に、この提案はレナを気遣うだけでなく、——ただその気遣いも見当外れなものではあったが——、セシリアの願望も多大に含まれたものだった。
レナはセシリアの唐突な申し出に、面を食らったように目を見開き、そのままセシリアの顔を覗き込む。そこに自分の望む色を見いだせなかったのか、その表情をセシリアに見せないように顔を背け、手を差し出しながら言った。
「……繋ぎましょうか」
「ああ、そうしよう」
再び繋がれた右手と左手、伝わる感触はセシリアに豊かな感情をもたらした。村に置いてきた家族が否応なく思い起こされ、思い浮かべた情景に笑みを零す。
「どうして手を繋いだだけでそんなに嬉しそうなんですか?」
「うん? いや何、妹がいたらこんな感じなのだろうかと思ってね」
その瞬間、レナがぎゅっと強くセシリアの手を握り込んだ。力及ばず、セシリアには少しの痛痒も与えられなかったが、その意思だけは伝わった。
「な、何か気に障ることでも言ったかな?」
「すみません、少しびっくりして」
驚いたにしてはおかしな反応な気もしたが、セシリアがいくら聞こうともレナが理由を話すことはなかった。
腹ごなしにとレナのおすすめで屋台の食べ物をいくらか買い込み、噴水のある広場のベンチで広げていた。早朝の喧騒が幾分薄れ、昼までの間少しだけ穏やかな時間が流れていた。
「そうだ。何か欲しいものはないかい? 何でも買ってあげよう」
ある程度食べ物がなくなってきたタイミングで、セシリアは努めて笑顔でレナにそう切り出した。レナは胡乱気な目でセシリアを見つめ、その真意を問い質した。
「今度は物で釣る気ですか?」
「……いや、そんなことはないよ」
「こっち向いて言ってください」
疑惑の目を向けるレナに、セシリアは必死で顔を反らして追及を逃れようとする。しかしレナの目は鋭く、良心の呵責もあって、逃げることはできなかった。
「すまない。少しでも機嫌を良くしてほしくて」
心底申し訳なさそうに、項垂れながら述懐するセシリア。レナもそこまでしてほしかったわけではなく、一瞬動揺が走る。だが、もはや退くことはできず、そうさせてしまったことに罪悪感を覚えながらも、悪態をついてしまう。
「誤魔化すなら最後までして下さいよ。それに私が機嫌悪くても関係ないじゃないですか」
自虐的なレナの言葉に、セシリアが悲しそうに返した。
「そんなわけないだろう。レナが悲しそうにしていたら、僕も苦しいよ」
そう言わせてしまったことに心を痛めながらも、まっすぐレナの目を射抜いて言った。真剣なセシリアの表情に、レナは自分の中の感情を押さえつけて、絞り出すように答えた。
「——そうですか」
「ああ。できることなら僕は君に笑っていてほしい」
それはセシリアの偽らざる純粋な本音。一方的かもしれないが、セシリアはレナのことを大切に思っている。それこそ、妹みたいに思っているのだって嘘ではなかった。その態度が、いっそ余計にレナの感情を逆なでした。抑え込めていた激情が一気に溢れ崩壊する。
「っ、じゃあ、どうしていつも怪我して帰ってくるんですか! 私がどれだけ、どれだけっ」
感極まり、言葉に詰まるレナ。その目は涙で滲みながらもまっすぐとセシリアの目を見つめ返していた。生半可な答えなど求めていなかった、ただどうしてセシリアが本意を知りたかった。
「レナには心配を掛けてばかりで本当に申し訳なく思っている。僕の実力不足、至らない僕を許してほしいとは思わない」
「じゃあっ、どうしたら」
縋りつくレナに、セシリアは一瞬言葉を失う。周りに心配を掛ける道を選んだ時から考えなくてはならなかった問題を突き付けられていた。セシリアはその答えを求めることは棚に上げ、今自分にできる精一杯のことを口にする。
「だからこそ、今日は僕に償いをさせてほしいんだ。君にはたくさん心配を掛けさせてきたから」
「そんなこと言われたら——」
レナは両手で顔を覆い、涙を堪えていた。余りにも酷い暴論。自分の至らない点を認め、その上でそれを是正する気がないと言ったのだから。
卑怯なことをしている自覚はセシリアもあった。相手の優しさに付け込む最悪な言い分。それでもセシリアにはどうすればいいのか分からず、これを言うしかなかった。
噴水が奏でる爽やかな音も、周りの人混みが織りなす雑多な音もセシリアたちの心には入り込めなかった。
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