第21話
「貴女は本当にいつもボロボロになって帰って来ますね」
「面目ない限りだ」
セシリアから布袋を受け取りながら呆れた声で言ったのは、青髪の受付嬢、オリヴィアだ。セシリアの初めの登録を担当してくれたこともあり、何かと縁のある彼女は、セシリアの惨状に苦言を呈す。
すでに出血は止まっているものの全身には大量の裂傷。魔力不足で汚れを落とす程度の生活魔法も発動しきれず、自分の血やら返り血やらでみすぼらしくなった姿が痛々しさを誘う。セシリアも自分の不甲斐なさを理解しているからか、その声はいつもに比べて覇気がなかった。シュンとした様子のセシリアにため息を零して、オリヴィアは袋の中身を検め始めた。
「ゴブリンが58、森狼が24。他の魔物もちらほら。討伐数だけで言えば、うちのギルドで最多ですね」
魔石や討伐証明のための魔物の耳などを確認し終えたオリヴィアが言葉とは裏腹に呆れたように言う。いくら討伐数が多くても、そのためにこんな無茶をしていてはオリヴィアの態度に文句は言えない。
今セシリアが主に得物としている魔物は
大抵
もちろん、セシリアにも事情はある。ソロであるセシリアは魔物に囲まれると簡単に窮地に追い込まれてしまう。単体で
群れを作らない
「早くパーティを組んだらどうです?」
「……そうだね」
そんなセシリアの内心を読んでか、オリヴィアが真剣な表情で解決策を提案する。ソロでだめなら、パーティを組むべき。至極単純で真っ当な意見、だがセシリアの反応は芳しくない。オリヴィアは様子を訝しむも、続けようとした言葉は後ろから乱入してきた男に遮られる。
「おいおい、酷なこと言ってやんなよ」
現れたのは、セシリアの最初の登録の時も割り込んできた男だった。
「銀狼……」
「銀狼?」
絡んできた男を前にオリヴィアが呟いた言葉に、セシリアが反応する。
「俺の二つ名だ。銀狼のイヴァン。んなことも知らねえのか」
目の前の男の髪はくすんでいて灰に近いものの銀髪で、首に下げている冒険者プレートも銀、つまりは
「……カッコいいな」
「はっ、センスはあるようだな」
その単純な命名は、英雄に憧れているセシリアの琴線に触れたらしい。耳聡く小さな声を拾ったイヴァンは、その賞賛に気を良くしたのか少しだけ雰囲気を柔らかくする。
「それで、何の用ですか? さっきの言葉はどういう意味ですか」
今度こそは邪魔されないようにと、牽制しながら問いかけたオリヴィアにイヴァンは敵対する意思はないとばかりに両手を上げ、肩をすくめた。
「別に大層なことじゃねえよ。ただ、誰がこんな
「でも、彼女はハッキツ草を取ってきたじゃないですか」
オリヴィアは、セシリアが他にも新人としては目覚ましい功績を上げていることを知っている。だからこそ、オリヴィアはイヴァンの失礼な物言いに食ってかかったが、イヴァンは意に介さずに淡々と返す。
「ああ、知ってるよ。それは素直に凄いと思うぜ。スティフベアは
「どうしてですか? 彼女に実力があるってことじゃ」
「怪我に対するこいつの認識だよ。なあ、お前も分かってるだろ?」
セシリアにも自覚はあった。冒険者にとって体は資本だ。体を大切にするのは、基本というより前提とでも言うべきだった。その考えがセシリアにはなかった。
セシリアは、感覚で問題ないと判断した怪我についてはむしろ積極的に受けていた。それが、魔物を倒すことにつながるのなら。しかし、普通の冒険者は違う。怪我はその程度に関わらず、怖いものだ。
痛みによって判断や動きは鈍る。それに、血の匂いは魔物を呼び寄せる。セシリアが必要以上に魔物と交戦しているのはこの悪癖のせいでもあった。英雄幻想を掲げているセシリアは怪我をある種勲章のようなものと考えており、忌避感がない。それに大局的に物を見て、傷を受けることが有利になるなら感情を排してそれを選べてしまうのだ。
「当然、
「わざわざ、そのことを教えに来てくれたのか?」
「ふっ、ガキが何もしらずに死んじまうってのは寝覚めがわりぃだろ」
言い方は荒くぶっきらぼうであるが、イヴァンはどうやらセシリアを心配していたらしい。
「悪いことは言わねえ、お前冒険者には向いてねえよ。辞めた方がいい。……だが、お前がそれでも冒険者を続けんなら」
「なら?」
「簡単には死ぬなよ?」
覚悟を問う眼だった。冒険者ランクは厳正なものだ。金や権力で買うことはできない。一生、
「……僕の名前はセシリアだ。お前じゃない」
「はっ、俺と同じランクになったら覚えてやるよ」
答えに満足したのか、手を振り悠々と去っていくイヴァン。どこまでも自分勝手で傍若無人な男だった。イヴァンがギルドから出ていくのを見届けてから、オリヴィアはその重い口を開いた。
「事情は分かりました。気が利かず申し訳ありませんでした」
「いや、僕の問題だ。オリヴィアさんが気にする必要はない」
そう、これはセシリアの問題だ。これからどうするか、避けては通れないセシリアの問題だ。決意を固めるセシリアの様子に、オリヴィアもこれ以上何かを言うのは無駄と目を伏せた。
「では、どうか死なないでくださいね。カティが悲しみますから」
「ああ。気を付けるよ」
素直でない受付嬢の言葉に、セシリアは本心で答えた。
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