第7話 なぜアイドルになりたいのか

「瑠美菜ちゃんの秘密、わかったよ」

「流石ですね。ありがとうございます」


 霞のマンションに仁は赴いていた。

 赴いた矢先、霞はソファに寝転がり、開口一番そう言った。


 仁は深々と頭を下げる。


「それで、成海の秘密というのは?」


 霞は手を頭にやり、あくびをする。


「瑠美菜ちゃんには病気のお母さんがいる」

「…………病気。それが成海の秘密ですか?」

「そう、それで、お母さんの治療費の当てがない」

「父親は?」

「瑠美菜ちゃんが小学生の頃に離婚してる」

「……つまり、母の治療費を賄うためにアイドルになりたいってことですか」

「おそらくそうだろうね」


 なるほど、と仁は顎に手をやる。


 母の治療費を賄うためにアイドル、そして自分に近づいてきたのかと。


 納得できるようなできないような。


 アイドルになれたとしてもそれですぐに稼げるとは限らない。

 それでもなぜアイドルになろうとしたのか。


「仁くん、狙われてるよ」

「そういうことに、なりますよね」


 アイドルになれてもすぐに稼げるとは限らない。

 それでもすぐにお金を工面する方法がある。


 それが、個人株だ。


 個人株は将来、期待される人間に対して投資されるシステムだ。言ってしまえば、今現在実力があるかは関係がないのだ。信頼を得られると思わせればいいのだ。


 瑠美菜はその信頼を利用しようとしている。


 つまり、いまアイドル市場の景気が良いのを利用し、仁が個人株に出品する。数々の実績を残し、業界でも有名な仁が出品する人物だ。仁を信頼する人間は少なくない。仁の出品した商品には一定数投資される。その投資のほとんどが本人、ここでいえば瑠美菜に還元される。瑠美菜はそれを狙っているということだ。


 瑠美菜の狙いは、市場に安定の信頼を得ている仁そのものだった。


「やっぱり、手を引いた方がいいよ。聖城くんのこともあるし」

「そこが気になるんですよね。どうしてその、聖城とやらがこの件に関わっているのか。霞さん、成海はどうですか? アイドルとしての素質はあると思いますか?」

「うーん、D、よくてCってところだよね」

「やはりそうですよね」


 素質が十分にあるとは言えない成海が聖城に狙われている理由。


 狙われている理由。そこにもしかしたら隠された成美の素質があるのかもしれない。

 聖城は瑠美菜の隠された素質を知っているのかもしれない。


「聖城の目的は何でしょうか?」

「わからない。でも、瑠美菜ちゃんのお母さんに関することである可能性はあるね」

「どうして成海の母親のことを聖城が知っているんだ……」

「私の部下として働いていたときから私と同じほどの情報収集能力があったからね」

「霞さんと同じって相当な実力ですね」

「そうね、これでもまだ瑠美菜ちゃんに加担する気?」

「…………」


 仁は思考する。


 ここで瑠美菜に支援することにメリットがあるのか。

 いや、きっとあるはずだ。

 聖城が瑠美菜に加担しているということは裏を返せば、瑠美菜に何らかの価値があるということだ。


 いや、違うか。


 瑠美菜の狙いが仁であるということは、聖城の狙いが仁である可能性もある。

 だとすれば、霞の言う通り、手を引いた方がいい。

 しかし、霞が情報収集中にわざわざ聖城が姿を現した。

 ということは、仁に対して秘密裏に動く必要がないということだ。

 仁を利用するなら秘密裏に動いた方が都合のいいはず。

 それか、聖城が関わるということを霞に知らしめ、手を引かせることが目的なのだろうか。


 霞は信用できる。


 しかし、霞が利用されている可能性がないとは言い切れない。

 霞を利用してまで手を引かせるほどの価値が瑠美菜にあるということだろうか。

 どちらにしろ、瑠美菜の隠されている価値について知らなければならない。


「霞さん」


 仁は霞に真剣な眼差しを向ける。


「なに」

「思考を整理していいですか?」

「いいよ」


 霞が頷く。

 こういうのは話してみると思考が安定する。


「聖城は人の欲望のためなら何でもするって言ってましたよね」

「うん、言ったよ。それは間違いない。今でもきっと、そう」

「だとしたら、聖城の行動原理は人の欲望だ。ここでいう人の欲望はおそらく、成海のアイドルになりたい、もしくは母を救いたいという欲望」

「そうだろうね。あ、そっか」


 霞は気づく。


「後者の母を救いたいという欲望を満たすためら、わざわざ聖城が出るまでもない。俺が成海を個人株市場に出品されれば目的は達成する。一時的ですがね」

「そうね。つまり、聖城くんが出るまでもない」

「ええ、ということは聖城の目的は前者、成海のアイドルになりたいという欲望を満たすために行動をしている」

「よくそこまで思考できるね」

「バンカーとして当然です」

「言うね~」


 霞はニヤケ顔を仁に向ける。


「だとしたら、成海になんらかのアイドルとしての才能があるということの裏返しです。だから、俺は引かない。金になる可能性が高い」

「聖城くんのことだから、キミを利用する可能性があるよ?」

「倍返し、とでも言っておきましょうか」

「ふっ、いいね。私も協力するよ。私も躍らされてばかりじゃ癪だからね」

「ありがとうございます」


 仁は深く頭を下げる。


「では、ひとつお願いがあります」

「なに」

「聖城にはできるだけ接触しないでください」

「どうして? てっきり聖城くんの行動を見張るのが私の仕事だと思ったんだけど」


 仁は眼鏡をくいと上げる。


「それが聖城の狙いかもしれません。少なくとも、霞さんが成海のライブを視察することが予想できていて接触してきた可能性があります。これ以上の接触は危険です」


 霞は眉根を寄せる。


「私が利用されるっていうの?」

「聖城はそこまでやりかねない人間なんですよね?」


 霞はしばらく沈黙する。


「……わかった。じゃあ、私の仕事は?」

「成海の隠された才能について調べてください」

「わかったわ」


 こうしてふたりは結束した。

 瑠美菜の才能。

 聖城の目的。

 わからないことだらけだ。

 ただひとつわかることはある。

 この案件は金になるということだ。

 たとえ危険が迫っていても、俺のやることは変わらない。

 金を得る。

 ただ、それだけだ。

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