おきつねさまに揚げものを。

珠邑ミト

おきつねさまに揚げものを。


 こんにちは。もしくは、はじめまして。

 珠邑たまむらミトと申します。

 こんな急に話し出されてもご迷惑でしょうが、少しばかり、つまらない話にお付き合いくださいませね。


 早速ですが、わたくしの父方は、京都の伏見に実家がございました。

 はい。今はもうございません。

 祖父母もとうに亡くなり、父も母も別の土地に屋をかまえております。


 わたくし自身も嫁ぎまして、すっかりと京自体から足が遠のいておりますが、それでも伏見は幼いころより頻繁に訪ねた地でもございますので、とりわけ愛着がございます。


 さて。

 伏見といいますと、やはり皆様思い起こされるのは伏見稲荷大社ではございませんでしょうか。

 千本鳥居のあけの美しさに、昨今ではそちらで無許可の動画撮影をされる外国の方が見えるなど、少々困った雑音が混じったりもしておりますが、そもそもヤンチャなところが垣間見えるお土地柄でもございますから、もしかしたら神様方は、昔から元気いっぱいの人間どもを見下ろして、笑ってらしたのではないでしょうか。

 多く細やかには言及しないところが、京都人らしいことだとお笑いくださいませ。


 伏見稲荷大社の中央座に鎮まりますのは、宇迦之うかの御魂みたまの大神おおかみ様でございます。

 こちらが素戔嗚すさのおのみことの娘にあたることはご存知かと思われますが、宇迦之様ご自身は、ひらたく申しますと、稲を主とした穀物および稲倉の神様でございますね。食べ物の、神様であらせられます。

 こちらの大社には、狛犬ではなく、狐が祀られております。


 こちらを、命婦みょうぶと申します。


 食べ物の神様であることから、富に転じ、商売繁盛の神様として、市中で不動産業を営む親族の家にも小さなお社の中に命婦が祀られていたりと、わたくしとしては本当に幼いころより親しくさせていただいていたのでございますが。


 人間は、死にます。


 死ねば肉が腐ります。腐れば土くれともなり、最後はお骨になり、それも最後には砕けてしまいます。

 どれだけありがたくもお米を食べさせていただけても、最後はただの泥の海。

 とまあ、そうして人間はお稲荷様の恵みをいただいても最後は消えゆく運命さだめなのでございますが、本邦の御神社様は、死体の始末を引け受けてはくださらないわけで。


 そうして宙ぶらりんになった人間の死肉を受け入れてはくださらぬ伏見稲荷大社のお隣には、実は霊園がございまして、こちらを深草墓園と申します。近くには石峰寺せきほうじもございますので、まあそちらでなんとかしていただけるわけですね。御多分にもれず、わたくしの実家もそちらでお世話になっているわけでございますが。


 さて本題です。

 わたくしの親族に困ったものがおりまして。


 男です。若いころからどことなく性根に軽薄なところがございまして。わたしよりも随分と世代的には若いのですが、まあ、いわゆるモテるタイプではございませんでしたね。そこで少々こじらせたというか、なんとなく女性をはすに構えてみているというか、一丁前に遊びはするものの、なんとなく誠実さに欠けるので、仕舞いには振られてしまうという、そういう男の子でした。


 その子が、痴情のもつれ、というんでしょうか。

 女の子を道連れに焼身自殺というか、無理心中をはかりまして。

 ええ、ニュースにも大きくでましたので、関西の方でしたら、ご存知の方もお見えかもしれません。十年ほど前の話なのですけれど。

 お相手の方は、火傷は負われたようですが、ご無事でした。ただお相手の方のおうちは焼けてしまって。はい、彼がガソリンを撒いたとのことで。

 男の方は死にました。苦しんだのか、内臓は生焼けで、どうしたものか、苦しんだものか、お台所の、お鍋の中に手と顔を突っこんでいたようで。それが揚げ物をしかけていたお鍋だったようで、じゅわっと揚がっていたようで。


 困ったのは、この弔いの始末です。

 親族みなで頭を抱えました。

 外聞が悪すぎますからね、墓に入れたくないと。


 そこで、わたくしに白羽の矢が立ちました。

 ほら、わたくし、背中に、おてんとうさま、という方がいておりますでしょう?

 ――あら、あなたにはお見えになりません? ほら、どっしりと黒くて、今もじいっとあなたのことをご覧になっているはずです。彼は、わたくしの意に反したり、邪魔をする人たちを根こそぎひどい目に合わせてしまうのですが、わたくしのことはずうっと守って下さっている、本当に大切なお味方なのです。

 いやですよ、悪霊だなんてそんな。

 大丈夫、わたくしに悪いことをしなければ、どうということはありません。


 はい。そうです。おてんとうさまに憑いていただいてから、わたくし、色んなあやかし、そう、妖怪ですとか、精霊、妖精ともやりとりができるようになりましてね。小学生のころからですから、随分と皆様に甘やかされたものです。

 ええ、伏見稲荷様の命婦とも仲良くしておりまして。


 そう、それでですね、わたくし、ついつい命婦に頼ってしまったのですよ。

「揚げものだから、引きとってもらえないか」って。

 さすがに叱られましたよ。そりゃあそうですよね。



 ――手と顔だけで足りると思うなって。



 だからね、どうぞ、彼の始末のために、このお鍋で揚がっていただけません?

 じゅわっと。


 ふふ。

 逃げられませんよ。

 もう、おてんとうさまが見てますからね。


                             (了)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おきつねさまに揚げものを。 珠邑ミト @mitotamamura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ