サボり上手の転生貴族

本を書く社畜

第1話:転生したら貴族だったけど、頑張る気はない

 「……俺、死んだのか?」


 目を覚ました瞬間、俺はその事実を思い出した。前世ではブラック企業で働きすぎて過労死。毎日終電帰り、休日出勤、上司からの無茶ぶり……そんな生活を続けた結果がこれだ。


 「お疲れ様でしたー!」


 突然、目の前に現れたのは妙に軽いノリの神様らしき存在だった。白いローブ姿で神々しい雰囲気……なのに、その手には缶コーヒー。


 「君、不憫すぎて見てられなかったからさ。異世界に転生させてあげるよ! ほら、新しい人生で頑張って!」


 「いやいや、頑張るとか無理だから! もう二度と努力なんてしないって決めたんだよ!」


 俺の抗議も虚しく、神様は「じゃあねー!」と軽いノリで手を振り、そのまま俺を送り出した。


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 次に目を覚ました時、俺は豪華な天蓋付きベッドの上にいた。どうやら名門貴族ラザフォード家の次男、ルーク・ラザフォードとして転生したらしい。


 鏡を見ると金髪青眼のイケメンが映っていた。しかもこの体、運動神経抜群で魔法の才能まであるらしい。さらに今世の記憶も自然に頭に入ってきた。ラザフォード家で育った日々や貴族としての常識がすっかり馴染んでいる。


 「これが貴族の生活か……最高じゃん。」


 しかし、それ以上に鮮明なのは前世の記憶だった。ブラック企業で働いていた地獄の日々が脳裏に焼き付いている。その経験が俺に一つだけ揺るぎない信念を与えた。


「絶対に頑張らず、平穏無事に暮らす!」


---


 そんなある日のこと。


 「ルーク様、本日は魔法学の試験の日です!」


 執事ジェームズが慌ただしく部屋に入ってきた。彼はいつも完璧な姿勢で俺に仕える忠実な執事だが、その熱意が時々面倒くさい。


 「試験? 適当にやればいいだろ。」


 俺はベッドから起き上がる気もなく答えたが、ジェームズは感動したように頷いた。


 「さすがルーク様! 試験ごときでは動じないその冷静さ……まさにラザフォード家の次男たるお方です!」


違う! ただ面倒くさいだけだ!


---


 試験会場では教師たちが厳しい表情で見守っていた。周囲の生徒たちは緊張した面持ちで答案用紙に向かっている。


 一方俺はというと――


「ふぁ~あ……」


 大きなあくびをしながら適当に答案を書いて寝る準備をしていた。前世で読んだファンタジー小説やゲームの知識を元に適当な魔法陣を書き込む。それだけで十分だろう。


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翌日。


「ルーク様、大変です! 昨日の魔法学試験結果が発表されました!」


ジェームズが興奮した様子で部屋に飛び込んできた。


「ああ、適当に書いたやつね。」


ベッドでゴロゴロしながら答えると、ジェームズは感動したような声で言った。


「全問正解どころか模範解答以上との評価です! 先生方も『彼こそ未来の魔法界を背負う天才だ』と絶賛しております!」


「……は?」


適当に書いただけなんだけど? いや待てよ……もしかして前世で読んだファンタジー小説とかゲーム知識が役立った?


「いやいや、それ偶然だから。ただ適当に――」


「謙虚さまで備えておられるとは! さすがルーク様です!」


ジェームズは勝手に感動して部屋を飛び出していった。その後、「ルーク・ラザフォードは天才」という噂が学院中に広まり、生徒たちから尊敬と畏怖の眼差しを向けられることになる。


---


さらに厄介なことに、この噂は俺の婚約者にも届いてしまった。グリーンウッド侯爵家の令嬢、エリザベス・グリーンウッドだ。


彼女は真面目そうな美少女だった。しかし、その瞳にはどこか疑念が浮かんでいる。


「あなたがルーク・ラザフォード様ですね。」


「ああ、一応。」


「噂では『天才的な策士』と聞いておりますが、本当なのでしょうか?」


「いや、それ誤解だから。ただ適当に――」


「なるほど! 謙虚さを装うことで敵を油断させるおつもりなのですね!」


またしても誤解された! 俺が何か言う前にエリザベスは満足そうに頷き、「これからよろしくお願いします」と去っていった。


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こうして俺の日常には次々と笑えない誤解が積み重なっていく――


違う! 本当に何もしないで暮らしたいだけなんだ!


しかし周囲から期待され続ける日々。これじゃ前世と変わらないじゃないか!


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