【KAC20253】枕の下に

花沫雪月🌸❄🌒

枕の下に

 枕を貰った。

 なんでも特別な枕らしい。

 知人に誘われて参加したセミナーでの特典だった。

 トリの降臨とかいうNPOだか宗教だかよくわからない団体のセミナーだったので、理由をつけて断わろうとも思ったのだが結局参加してしまった。


 つくづく押しに弱いというか、人がいいというか。

 我が事ながらこの性格は変えたい変えたいと思っていたがどうにも筋金入りらしい。

 こんな事だからしなくてもいい仕事を引き受け残業続きの生活なのだろう。


 セミナーに参加したのは知人に押し切られたというのもあったがこの性格を変える何か、きっかけとかそういったものを気づかない内に求めてのことだったと今にすれば思う。


 セミナーの内容は当たり障りがないといえばいいだろうか。

 例えば、小学生の頃の校長の長い話。

 例えば、親戚の葬式の時のお坊さんの読経に説法。

 例えば、近くの学校で自殺者が出たからと急にさしこまれる命の大事さを伝える講演。

 ありがたい言葉だとは分かってはいるのに、妙に頭に残らない眠気を誘うような語り。


 セミナーの前半はそんな感じだったので私や、おそらく同じような境遇の初参加者一同はあくびを噛み殺したような一様の表情で固いパイプ椅子ので足を組み替えたりとモゾモゾしていた。


 私を誘った知人と同じくやはり誰かを誘って連れてきたであろう二回目以降の参加者達はまた違った意味で一様だった。


 しっかり背筋を伸ばし足は閉じて手は膝の上。

 表情まで同じくどこか微笑を浮かべまんじりともせず、しかし壇の上のセミナー講師の話に聞き入ってるかといえばそうでもない。

 ただいるだけというか、良く言えばお行儀がいい……というのが妥当か。

 とかくそのような感じであった。


 ところがセミナーの後半はなんとも奇妙だった。

 どういったわけか急に健康セミナーの様相で睡眠の重要性を説き始めたのだ。

 話それ自体はいつか芸能人が出ているような健康特集で見聞きしたような内容だったので割愛するが、その時に貰ったのがこの枕だ。


 枕を良いものに変えれば睡眠の質が改善、ひいてはQoLが改善。

 分かってはいるが枕1つにン万円はなかなか。

 この枕……フェアリーピローというらしいが、買えばそのくらいはしそうな、なかなかに良い枕だった。


 参加者全員がその場で頭を乗せて試し、なんとただで貰えるということで、喜色を浮かべつつもまさかそんな荷物を抱えて帰るとは知らなかった奇妙な集団が駅までの道すがら一時形成された。


 そんなわけでこの枕。

 使い始めて3日になるが、本当に心地がいい。

 素晴らしい貰い物だ。

 夢見心地がいいとか寝付きがいいとかそういうレベルではない。

 夢すら見ないほど深い深い泥のようなレム睡眠。

 それでいて、朝の目覚めは爽快なのだからたまらない。


 しかし、ふと気づいたことがある。

 この枕はこうして頭に敷いて使うものではないのではないか?

 そんなように感じるのだ。

 無論、枕は頭を載せるものだ。

 仰向けでも横向きでもうつ伏せでも頭は枕の上というのが常道だ。

 だが、これは、この枕は、この枕を頭に載せたほうが良いのでは?

 寝巻きを着て、さぁ布団に潜り込もうと思ったその時、漠然と、けれど確信的に、私の脳裡にそんな発想が閃いた。


 早速、私は仰向けに体を横たえ柔らかくそれでいて確かな弾力のある枕をおもむろに顔の上に載せた。

 するとどうだろう。

 僅かな光すらも射さない真なる闇が私の頭を覆った。

 実のところ真っ暗ではどうにも寝付けず、就寝時にも豆電球をつけている私がそれに気づかない程に心地の良い闇だ。


 まるで意識だけが抜け落ちて見当もつかぬ程の深い海溝に沈んでいくように、水圧のごとき重さのある眠りが一気に押し寄せてくる。それは逆らうことなど到底不可能な快感だった。


 朦朧とする中、これは何か取り返しのつかないことなのではないか? と僅かに浮かんだ危機感も眠りという圧倒的な波に浚われて遥か彼岸へと連れ去られて行く。


 ――なぜか。

 なぜかだが、外国では枕の下に抜けた乳歯を入れておけば妖精が金貨と交換してくれるという、そんな話を思い出していた。









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