私にとっての憧れ

蒼雪 玲楓

憧れの言葉

「憧れることってそんなに悪いことでしょうか?」


 小さい頃はテレビに出てきたキャラクターのようになりたいと願って、それからも自分がすごいと思った人を目標にして。

 見た目だったり、言葉遣いだったり、考え方だったり、自分にできることから真似を始める。


 今だってそう。

 私には憧れている人がいて、その人のようにないたいと目標にしていた。

 わが道を行く自分の信念を絶対に曲げない人で、私以外にも多くのファンのいる人だ。


「憧れることが悪いことだとは言わない。だけど、私の信念としてそういう相手は作らないようにしているだけだ」


 それなのに、よりにもよって、その憧れの人にそんなことを言われてしまった。


「私は『憧れる』ということは届かない相手だと負けを認めるということだと思っていてね。越えるための目標にすることはあれど、憧れだけの存在は作らない」


 私にないその考え方にどこか納得してしまう一方で、それはつまり私にはこの人のようになれないということを突き付けるのと同義だった。


 憧れて、頑張って、走ってきた私はこれからどうすればいいのか。

 今のを聞かなかったことにする、目標を変えてみる、それもありかもしれないと考えるが、私の憧れているこの人はそんなことをしないと、何かが訴えかけてくる。


 憧れているからこその矛盾に、私の頭はどうにかなりそうだった。


「……すまない、随分と困らせてしまったみたいだね」

「いえ……いいんです。私の問題ですから」

「参考になるかはわからないが、アドバイスだ。憧れるということは自分にないものを欲しがるということ、真似てそれを手に入れようとするのは間違いではない。だが、たまには自分の持っているものを活かすのも重要じゃないかと私は思う」

「私の持っているもの、ですか?」

「ああ。ないものを欲しがるということは、自分が持っているものをわかっているということだ」


 そんなことを言われても、自分が何を持っているのかなんてすぐにはわからない。

 ましてや、それを活かすだなんてもっと難しいことだ。


「憧れてそれを真似る。それだって相手の強みを見抜くという長所だと私は思うがね」

「そう……でしょうか」

「ああ。まずはそれを自分に向けてみればいい」


 自分にそんなことができるのかと疑問に思うのと同時に、やれるんじゃないか、そう思えてくるのがこの人の言葉の不思議ですごいところだ。

 そんな所が、私の憧れたところなんだ。


「いつか、私に憧れを教えるくらいになってくれるのを期待しているよ」


 そう言い残してそのまま立ち去ってしまったその人の背中は、とても眩しく大きかった。

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私にとっての憧れ 蒼雪 玲楓 @_Yuki

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