気づいたら僕の古参がキラキラしてた
土井タイラ
第1話 古参ファンが現れた
「超絶かわいい! キルルー!」
たった一人のお客さんのコールを聞きながら、僕はメイド服のスカートをひるがえしてターンする。
お立ち台と言った方がいいほど狭いステージでパフォーマンスする僕は、少しでもステップを間違えると転落するというのに、いつになく大きく体を動かしていた。
歌唱は口パクだ。
「キールル!」パン!「キールル!」パパン!
お客さんが僕の源氏名を叫び手拍子を打つ。
僕は最後に転調したCメロを歌い上げる感じで天を仰ぎ、アウトロが鳴り終わると共に顔を正面に向けてキメポーズ。右腕をまっすぐ前に伸ばし、たった一人のお客さんを指差して静止した。
店内が無音になる。
……この瞬間が一番気まずいんだよな。
すぐにステージのスポットライトが消え、客席の照明がすべて灯る。店内のあちこちで雑談が始まり、カフェの雰囲気が戻った。
今日はカフェ・ブリリアント・プリンセスでの初出勤だ。初パフォーマンスは無事に終わった。盛り上げてくれるお客さんまで付いてくれて、上出来だ。あれはこの店が仕込んだサクラではないし、前の店から追って来てくれたファンでもない。初めて見る顔だ。
僕の目の前でコールを入れてくれていたのは、女の子だった。ダサくはないけど地味めの子。この店は女性キャストを揃えるコンカフェでありながら女性客も多いので、こういうお客さんも珍しくない。
ちゃんとお礼を言わなきゃ。
僕は、乱れた髪を手で整える。特に前髪を念入りに撫で、それから笑顔を作った。そして口を開く。
「応援してくれてありがとう♡ コール、嬉しかったよ♡」
この瞬間、僕のパフォーマンスには見向きもしなかった他の客が全員振り向いた。その数、八名で、十六の視線が僕に集まる。
そして、僕の目の前の大事なお客さんよりも先に、遠くのテーブルにいる中年男性客が大声で反応した。
「男!?」
快感である。
モブ客のざわめきが耳に心地よい。
これを味わいたくて、異性装バーのカワイイ系弟キャラを辞めて、普通のコンカフェに移籍して来たのだ。
僕は見た目のパス度100%の女装をするが、別に女になりたいわけではない。仕草は服装に合わせるが、声色は変えない。先程のステージで流していたのは、女性アイドルの楽曲だったので、あの客は勝手に勘違いしてくれたのだ。
だが、そんなことより。
「最初のお客さんが、こんなに可愛い子でうれしー♡ えっと、はじめまして、かな?」
僕は相手の目を見て問いかけた。
「あ、えっと……はい。はじめ、まして……」
彼女の受け答えは、コールの声とは打って変わって、こもった喋り方だった。
「僕のことはキルとか、キルルって呼んでね。あなたのことは何て呼んだらいいかな?」
「
うわ、初対面でいきなりフルネームを名乗られてしまった。もしかして、これ、本名さらけ出してる? 大丈夫かこの子。
エリちゃんは黒のスポーツウェアのセットアップを着ていて、そのウェアは今風ではあるんだけど、十代の女の子が街に出るような恰好ではない。エリちゃんの席に置いてあるバックパックも、変なものではないんだけど、おしゃれではない。そして、薄化粧。というか、ほぼすっぴん。
要するに、全体的にパッとしない。
でも……。
まっすぐな黒髪で、前髪をおろしたセミロングのボブで、色白で、華奢で、まつげが長い。指が細い。
この子、わりと僕の理想に近いのでは?
「エリちゃんは、ここによく来るの?」
と、聞いてみる。
「いえ、初めてです。というか、こういうお店自体初めてで……」
「そうなんだー。掛け声のタイミングばっちりでうれしかったよ♡ 楽しんでいってね♡」
そうなの!? 積極的に応援してくれたから、慣れた子なのかと思ってた。
もう少し話してみたかったが、ホールが混み合って来たので僕は給仕に回り、エリちゃんは席に戻った。
僕がオーダーを取りにいったり配膳に行ったりすると、いくつかのテーブルで声をかけられた。「男の人だったんだねー、全然わからなかったよー」とか「がんばってね」とか、そういう好意的なものだった。
否定的な意見は面と向かっては言われない。僕のすぐそばで、他のキャストに対して「あの新人のオカマ何? ここってそういう店じゃないでしょ」と常連客がクレームを入れているのが聞こえてくる。
こうなることは想定内だ。
僕は、オーナーに気に入られて雇われたんだけど、店長は最後まで採用を渋っていた。僕のことであんまりクレームが多いようなら解雇するという約束を、三者で交わしている。
そうまでしてこのカフェ・ブリリアント・プリンセスで働きたかった理由はただ一つ。
制服が好みだから。
このカフェは、異国のプリンセスたちがお忍びで庶民の就労体験をしに来ている店、という設定だ。
普段の制服は、いわゆるメイド服だ。スカート丈こそ現代的で動きやすいものの、それ以外の部分はクラシカルなパーラーメイド風だ。
一方、アフタースクールデーと呼ばれるイベントの日には、架空の高校の制服を着る。この日は、プリンセスが庶民の学校に行ってその帰りにバイト体験をしている、という体なのだ。この制服が、界隈ぶっちぎりで可愛い。二次元から抜け出してきたようなデザインで、普段の保守的なメイド服とのギャップも強い。
ピカピカに磨き上げた僕の肉体に、この店の制服をまとったら、僕の理想の女の子ができあがる。
見た目の二面性だけなら自前の衣類でどうにかできる。だがそこに、この店のコンセプトがのっかることで、僕の心がたまらなく惹きつけられてしまったのだった。
さて。ホールが空いてきたので、エリちゃんのテーブルへ行ってみようか。
「キルくん、シフト決まってますか?」
お。エリちゃんの方から話しかけてくれた。
「月水木だよ」
「よかった。来られそうです」
「えー、また来てくれるの。うれしー♡」
エリちゃんは、はにかんだ。
そういえばこの子、僕の声聞いた時に驚かなかったな。やっぱり本当は初めましてじゃなくて、前の店で会ってたのだろうか。
「エリちゃん、SNSとか見てきてくれたの? 僕のこと知ってた?」
「あ、えっと……はい。知ってるというか。すみません、一方的にブログとか追っかけてました」
「ブログ……?」
僕が最後にブログをやってたのは中学生の頃で、だいぶ昔の話だ。ブログを止める時には記事の全削除をしてから退会してて、今はもう検索しても出てこない。
「僕、ブログやってたの結構前なんだけど、もしかして魚拓とかあった?」
「あ、そういうわけではなく……。今は普通に
「ええええええ、そんな前から!? 恥ずかしくて死ぬ!」
僕のネット活動とハンドルネーム遍歴。
アサカゲ(個人ブログ) → キャンディ(二つめの個人ブログ) → エクセプション(個人動画) →
ぜ、全部見てたのだろうか。怖くて聞けない。聞かないでおこう。というか、エリちゃんはネットストーカーなのか?
「死なないでください、困ります」
椅子に座っているエリちゃんが、テーブルのそばに立つ僕をうるんだ目で見上げた。
この子、やっぱり可愛いぞ。
僕が言葉につまってしまったことを察したのか、エリちゃんの方から話し始めてくれる。
「私、四月から大学に入るんで、東京に出てきたばっかりなんです。田舎で、一軍にもオタクにもなれない人間だったけど、ネットの中でアサカ……キルくんのお洋服の着こなしとかメイクとかすっごく素敵で、あこがれてて、毎日見てました」
「そうなんだ、ありがとうございます」
僕は丁寧に頭を下げた。
「私もキルくんのかわいいお洋服とか真似してみようとしたんですけれど、田舎だと目立っちゃって。東京に出たら好きな格好できるかなって思って、勉強がんばりました。大学の授業始まるまで時間あるから、キルくんのいる日にまた遊びにきます!」
僕とエリちゃんの立場が逆転するまであと一ヶ月。
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