私の憧れ

青樹空良

私の憧れ

 ちょっと学校で上手くいかないことがあって、私は不登校になっていた。

 いる場所は自分の部屋しかなくて、そこから繋がっているのはネットの世界くらいのものだった。

 でも、ネットの中にはなんでもある。

 外に出なくても、なんでもある。

 その中でも、私の目を引いたのは……。


「あっ、新しい動画ある」


 私はサムネイル画像をクリックする。

 流れ出したのは、ステージの上で歌って踊るアイドルの動画だ。

 私とはまるで違う世界にいるかのように、彼女たちはキラキラと輝いている。

 見ているだけで眩しい。こんなの、絶対憧れる。

 部屋の中に引きこもって、ベッドの上で布団にくるまりながら動画を見ている私とは大違いだ。


「はぁ」


 思わずため息が出る。

 そのとき、少し首を動かしただけなのに。


「痛っ」


 ポキッと音が鳴った。


「うう、肩こり、つら……」


 中学生が言うセリフじゃないな、と思いながら私は呟く。


「そうだ……」


 いいことを思いついた。

 私はもぞもぞと布団から出て、床に立った。

 布団から出ただけで私、偉い。

 もう一度、最初から動画を再生。


「えっと、こう、かな? え、これ、ポーズどうなってんの? キツっ!」


 ちょっとでも運動になるかなと思って、動画の中のダンスを真似してみようかなと思い立った。

 だけど、運動不足で素人の私が真似できるほど甘くはなかった。

 でも……。


「意外と楽しいかも……」


 思わず呟いてしまう。

 ただ、自分の部屋で踊っているだけだから誰も見ていないし、下手くそでも誰にも何も言われない。お父さんもお母さんも仕事に行っていていないから、急にドアが開いて見られることもない。


「あははっ」


 段々ハイになってきた。

 ひとしきり踊った私は、ベッドに倒れ込んだ。


「疲れた……」


 身体を動かしたのは久しぶりだ。

 だけど、ちょっと気持ちよかった。

 その日から私は親がいない時間にダンスを練習するようになった。練習と言っても、好き勝手にめちゃくちゃ踊るだけだけど。

 そのうち、ちょっと上手になった気がして顔を隠してSNSに動画を上げるようになった。

 叩かれたらすぐにやめようと思っていたら、ぎこちないところから段々上手くなっていくところがいいとか、一生懸命なのがいいとかコメントが付いて調子に乗った。

 動画を上げ続けていると、どんどんファンがついていった。

 多分、運も良かったんだと思う。

 そして、


「そろそろ、お時間です! ファンが待ってますよ!」


 私自身が、あの日憧れていたアイドルになってしまった。

 そんなことあるか? と思うが、本当にあった。

 キラキラしたステージの上で私は踊る。

 引きこもりだった頃に、違う世界だったと思っていた場所だ。

 歓声を背中に浴びながらステージを降りると、


「すぐに移動ですからね」


 休憩する暇も無いまま、マネージャーに次の場所への移動を告げられた。


「この後は……、動画の撮影に、雑誌のインタビューが入っています。もうすぐライブもありますから、体調は万全に整えておきましょうね」

「じゃあ、私が休む時間は?」

「なんとか移動中に少しでも休んでくださいね!」

「……」


 私はため息をつきそうになる。

 あの日憧れていたキラキラなアイドルになれたのはいいんだけど……。

 今の私は引きこもってだらだらしまくっていたあの頃の生活にちょっと、いや、かなり憧れている。

 たまには、あの頃みたいに好きなだけ布団にくるまって、ぼんやりと動画でも見ていたい!

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私の憧れ 青樹空良 @aoki-akira

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