ふたりはトモダチ
葛瀬 秋奈
前編
私が中学に入ってから仲良くなった友人で、星村スバルという子がいる。友の欲目を抜きにすれば、スバルはわりと嫌な女だった。
短くも丁寧に整えられた黒髪、血色のいい滑らかな肌、長いまつ毛、形のきれいな赤い唇、すらっと伸びた細い手足。そんな白雪姫みたいな容姿に加えて、スポーツ万能、博識で聡明、おまけに努力家。周囲の人間が勝手に卑屈になって攻撃しても柳に風で受け流す強い心も併せ持つ。
まさに理想の美少女、というやつだ。
これでモテないはずがないと思うのに、なぜかスバルには浮いた話が全然なかった。本人いわく「嘘告白なら何度かされたよ」とのことだが、本当に嘘だったかは怪しいものだと思う。私はその件について深くつっこんだりしなかったので真相は謎のまま。恋愛関係は苦手なのかもしれない。
中学二年の2月某日、そんなスバルから学年末考査に向けて勉強会をしないかと家に誘われた。同性とはいえ他人の家にお呼ばれするのは久しぶりで、とても緊張した。マンションの部屋番号を何度も何度も確認したあと呼び鈴を鳴らして、ドアを開けたスバルの顔を見たらむしろちょっと安心した。
玄関に入ってから一連の流れを隠さず報告すると、予想通りスバルは笑った。軽く握った手で口元を隠す仕草に品の良さを感じる。
「うん、僕の気遣いが足りなかった。下で待ち合わせたほうが良かったね」
スバルは自分のことを「僕」という。ちょっと変わっているけれど、本人の雰囲気とよく似合っているので誰も厨二病とは言わない。陰で言ってる人がいたとしてもやっかみだろう。
「もうね、5回ぐらい確認しちゃった。……ねえ、そんなに笑わないでよ」
「フフ、ごめん。でも、自分でも面白いと思ったから話したんでしょ?」
「それはその通り。じゃ、お邪魔しまーす」
スバルの部屋には、エアコンと木製の本棚と学習机と、重ねられるタイプの収納ケースがいくつか。学習机の上にはノートパソコンと地球儀が置かれており、本棚には様々なジャンルの書籍が几帳面に並べられている。ざっと見たところ、どうやら宇宙やロボットに関する話が好きなようだ。そして部屋の真ん中には私のために用意したらしい折り畳みの小さな机と座布団が置いてあった。
「荷物は適当に置いちゃって。あんまり見ないでね、恥ずかしいから」
「ごめん。スバルもSF小説とか読むんだね」
「わりと好き、かな。星新一のショートショート集とかよく読んでる」
「私も神林長平とか好きだよ。『敵は海賊』って知ってる?」
「知ってる。ネコちゃんは猫が好きだよね」
「アプロは猫じゃないけど、まあそうだね」
「『夏への扉』とかも好きそう」
スバルは私を「ネコちゃん」と呼ぶ。名字が金子だから。あと雰囲気が猫っぽいらしい。
「ところであのカーテン可愛いね。星座の柄になってる」
「うん、可愛いでしょ。気に入ってるんだ」
雑談をしながらもお互いに目はワークブックを追っている。それでも私は、言葉とは裏腹に声音が翳ったのを聞き逃さなかった。
「どうかした?」
「……ううん、なんでもない」
「ふうん。ね、ここの証明問題ってどうやった?」
「どこの?」
「これこれ、平行四辺形のやつ」
「ああ、ほら、ここが仮定で中点だから……で、このふたつの三角形の合同証明ができるでしょ」
「最終的には二組の向かい合う辺がそれぞれ等しい、でいけるかな」
「いけると思うよ。書き出しのところ間違えやすいから気をつけてね」
頼んだ証明問題を終わらせる頃には、いつもの落ち着いたスバルの声に戻っていた。
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