CIGARETTE

鈴木怜

CIGARETTE

 僕の大学に、みんなからあこがれの的になってる先輩がいた。

 その美貌と、ミステリアスな雰囲気がオーラのようなものを感じさせる人だった。

 そんな先輩の部屋は、僕の寮の隣にあって。


「どうだい、後輩。大学は」


 などといったような、とりとめのない話を休みの日にだらだらとしていた。

 ベランダから見える景色だけを頼りに日がな一日話し込んだこともある。冬の空を頼りにベランダで寒い寒いと交わしたこともある。

 小学生のように、すべてをおもちゃにしながら、僕と先輩は休みの日を食いつぶしていた。


「先輩、煙草吸うんですか」

「ん? ああ。人並みにね」


 あれはいつのことだったか。

 いつものようにベランダでだべっていると、先輩が


「どうだい後輩。やってみる?」


 と一本だけ箱に残った煙草を僕に差し出した。

 そう誘う先輩がやけに艶やかで。

 僕は、その日だけ煙草を手に取った。

 ちらりと、銘柄が見えた。

 そんな煙草を咥えて。

 僕は、先輩がライターも何も持ってないことに気がついた。


「ライターはないんですか?」

「部屋の中に置いてきた」

「取ってきてくださいよ」

「やだよ。後輩と過ごす時間は大切なんだから。……じっとしていて」


 先輩の顔が、僕に迫ってきた。

 一瞬のはずなのに、永遠に思えるほど、長い長い時間が流れた。

 じれったくなってきたころ、煙が僕の喉を通る。


「シガーキスだよ」


 そう言って、先輩は笑った。

 大学で見せる完璧超人のようなオーラと、こうして二人でいるときの子供っぽさがない混ぜになったような、疲れ切った目で僕を見通すような。そんな顔だった。

 まるで、生きることに疲れ切っているみたいだった。

 僕は咳き込んだ。先輩は、そんな僕をおもちゃを見るような目で見ていた。


「どうかそのままでいてくれよ、後輩」


 どこか退廃的なあのときの先輩には、あこがれのようなものと失望のようなものを僕は抱いていたんだと思う。


 そんな先輩とも連絡をとらなくなってしまって随分と経つ。

 それでもコンビニであの銘柄が目に入ると、先輩は元気にしているのだろうかと、ときどき思う。

 何年ぶりか分からないけど、あの日の煙草を買ってみた。随分と値上がりしたそれを咥え、ライターで火をつける。

 咳き込んだ。目の前に広がる煙の前に、先輩の影を見た気がした。

 大人の象徴ともいえるような、ある種のあこがれは、自分には咳きこむほど濃密なものだった。


 あの人は、今どこで何をしているのだろう。

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CIGARETTE 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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