第27話:古代遺跡
夜明けの光が洞窟の入口から差し込み、レインの顔を照らした。彼は既に目覚めており、昨夜見た星図を思い出しながら、手元の地図に書き加えていた。
「おはよう」
アイリスが近づいてきた。彼女は既に朝の支度を終え、薬草を調合していた。
「良く眠れたか?」
「ええ。あなたは?」
「少しだけ」レインは微笑んだ。「興奮して、あまり眠れなかった」
洞窟内の一同も次々と目を覚まし、朝食の準備を始めた。外は雨が上がり、清々しい朝を迎えていた。
「今日の行程は?」マルコスが尋ねた。
レインは完成した地図を広げた。
「昨夜の星図によれば、三つの峰の間に『創造者の工房』の入口があるはずだ。ここから半日ほどの道のりになる」
ケインも頷いた。
「あの場所は『星見の台』と呼ばれている。古くから立ち入りを避けられてきた聖域だ」
「ダーシー派も同じ情報を持っているでしょうか?」アイリスが心配そうに尋ねた。
「可能性はある」リーザが答えた。「彼らには優秀な魔法使いがいるはずだから」
朝食を終え、装備を点検した一行は洞窟を出発した。空気は冷たく澄んでいて、遠くまで見通せた。眼下には雲海が広がり、まるで別世界にいるかのような感覚だった。
「先々代の王も、この景色を見たのだろうな」
ハーマンが感慨深げに呟いた。
道は次第に険しくなり、時折岩場を登る必要があった。ケインとトムの案内は正確で、最も安全なルートを選んでくれた。
「注意してください」ケインが警告した。「この辺りから『守護者』の領域です」
「守護者とは、具体的に何なのでしょう?」レインが尋ねた。
「古い言い伝えでは、創造者たちが残した番人だ」ケインは答えた。「実体があるのか、それとも魔法なのかはわからない」
リーザが周囲の魔力を探った。
「確かに、通常とは異なる魔力の流れを感じるわ」
一行はさらに警戒を強めながら進んだ。正午近く、険しい岩場を登りきったとき、その光景が目の前に広がった。
「あれが三つの峰……」
トムが指さす方向に、三つの尖った山頂が見えた。ほぼ同じ高さで、三角形の配置になっている。その間には平らな台地があり、何か人工的な構造物の跡が見えた。
「『星見の台』だ」ケインが言った。
一行は足を止め、しばらくその光景を眺めていた。何千年もの時を経てなお、創造者たちの遺構は厳かな威厳を放っていた。
「人の気配は?」
マルコスが警戒の目を光らせていた。
「見当たらないな」トムが周囲を見回した。「ダーシー派はまだ到着していないか、別ルートを取ったのかもしれない」
レインは国王の印章を取り出した。
「用心しよう。まずは『星見の台』を調査する」
台地に近づくにつれ、その構造物の詳細が見えてきた。円形の石の舗装があり、その中心に石のテーブルのような台座があった。石には精巧な星図が刻まれ、周囲には古代文字が並んでいた。
「素晴らしい……」
ハーマンが畏敬の念を込めて呟いた。「この彫刻の精度は、現代の技術をはるかに超えている」
リーザも同意した。
「魔力と技術の融合ね。創造者たちは現代の魔法使いより遥かに高度な知識を持っていたわ」
レインは台座の周囲を歩き、刻まれた文字を解読しようとした。
「『星の導きに従い、門は開かれる』」
彼はギルバートから学んだ古代語の知識を総動員していた。アイリスも助け船を出した。
「この部分は、『選ばれし者の意志により、道は示される』かしら」
全員が台座を囲んで調査していると、突然、石の表面が淡く光り始めた。
「これは……」
レインが驚いて後退した。光は次第に強くなり、星図の一部が浮かび上がった。特に三つの峰を表す三角形が明るく輝いていた。
「何かが反応している」
リーザが魔力の流れを観察していた。「レイン、印章を近づけてみて」
レインは国王の印章を台座に置いた。すると光がさらに強まり、星図の中心に小さな穴が開いた。
「鍵穴だ」
ハーマンが指摘した。レインは迷わず印章を穴に嵌めた。
一瞬の静寂の後、重い石の擦れる音が響いた。台座の下から階段が現れ、地下への道が開かれたのだ。
「入口を見つけました」
レインの声には興奮が滲んでいた。何世紀も隠されていた「創造者の工房」への道が、彼らの前に開かれたのだ。
階段は暗く、底が見えなかった。
「松明を」
マルコスが命じ、準備していた松明に火が灯された。その光で照らすと、階段は精巧に作られており、壁には美しい模様が刻まれていた。
「これほどの建造物が地下に……」
トムは畏怖の念で呟いた。
「先に行きましょう」レインが言った。「気をつけて」
一行は慎重に階段を下り始めた。マルコスと騎士が先導し、レインとリーザがそれに続いた。階段は思いのほか長く、地下深くへと続いていた。
下るにつれ、空気が変わった。乾燥していて、どこか独特の匂いがした。古代の魔力の残滓だろうか。
「この空気……」
アイリスが顔をしかめた。エルフの敏感な感覚で、何か異常を感じ取ったようだった。
「何か問題が?」レインが心配そうに尋ねた。
「いいえ、ただ……この場所には強い力が眠っているわ」
階段を降りきると、一行は広い空間に出た。松明の光では全体を照らすことができず、その広さを実感できなかった。
「明かりを増やそう」
各自が松明を掲げると、少しずつ空間の様子が見えてきた。それは円形の大広間で、天井は高く、柱が整然と並んでいた。床には複雑な模様が描かれ、壁には壁画が残っていた。
「これは……」
ハーマンが壁画に近づいた。そこには創造者たちの姿と思われる人々が描かれ、彼らが様々な道具を使って作業している様子が記録されていた。
「彼らの外見は私たちとほとんど変わらないわね」
リーザが観察した。「だが、彼らが扱っている道具は明らかに高度な魔法技術だ」
レインも壁画を調べていた。
「ここには彼らの歴史が描かれている。星から来て、この地に定住し、様々な技術を発展させた過程が」
一行は大広間を進み、奥へと続く通路を見つけた。そこはさらに広い空間へと通じていた。
「これは……工房か?」
第二の広間には、様々な作業台や道具が残されていた。すべてが完璧に保存され、まるで使用者がつい先ほど立ち去ったかのようだった。
「信じられない……」
リーザは魔法装置のようなものを見つけ、その構造に見入っていた。
「これらの装置の多くは、今日の魔法理論では説明できないわ」
レインは作業台の上に残された古文書を手に取った。それは金属のような素材でできており、触れると文字が浮かび上がった。
「これは……創造者たちの記録だ」
彼は文字を解読しようとした。断片的にしか理解できなかったが、重要な情報が含まれているようだった。
「『淵の影』について書かれている。それは異界からの脅威で、周期的にこの世界に接近するという」
アイリスが別の文書を見つけた。
「ここには『選ばれし者』のことが。創造者たちは特定の血筋に使命を託したとあるわ」
「王家の血筋だな」
ハーマンが推測した。「代々の王が『淵の影』から世界を守る責任を負っていたのだろう」
一行は工房をさらに調査した。部屋は複数あり、それぞれが異なる目的を持っていたようだった。生活空間、研究室、そして最も興味深いのは、中央にある円形の部屋だった。
「ここが工房の中心部だな」
レインが言った。部屋の中央には大きな魔法陣が床に刻まれ、周囲には七つの柱が立っていた。各柱には異なる象徴が刻まれていた。
「創造者たちの核心的な場所だわ」
リーザが魔力を探った。「ここには強い魔力が残っている。何かの儀式が行われていたのね」
マルコスが突然、手を上げた。
「声が聞こえる」
全員が静かになり、耳を澄ました。確かに、どこからか話し声が聞こえてきた。
「他の侵入者がいる」
マルコスは剣に手をかけた。声は工房の奥から聞こえてきていた。
「ダーシー派だ」
トムが小声で言った。「別の入口から入ったのか」
レインは冷静さを保とうとした。
「様子を探りましょう。できれば衝突は避けたい」
一行は音を立てないように注意しながら、声の方向へ進んだ。広間の柱の陰に隠れながら、奥の様子を窺った。
そこには五人の人物がいた。豪華な服を着た若い男性が先頭に立ち、二人の魔法使いと思われる人物と、二人の武装した男が従っていた。若い男性は明らかにダーシー家の血筋で、伯爵の甥アラン・ダーシーに違いなかった。
彼らは何かの装置を調べていた。それは水晶のような物体で、中央の魔法陣に接続されているようだった。
「これが『創造者の核』か」
アランの声が響いた。「伯父上の言った通りだ。これさえあれば、王家の力を超える力を手に入れられる」
「しかし、動かし方がわかりません」
魔法使いの一人が答えた。「古文書の解読が必要です」
「急げ」アランの声には焦りがあった。「例の田舎者たちがすぐに来るだろう」
レインたちは互いに視線を交わした。彼らの目的は「創造者の核」と呼ばれるものらしい。それが何か、完全には理解できなかったが、危険な力を秘めていることは明らかだった。
「どうする?」マルコスが小声で尋ねた。
「正面から対峙するしかない」レインは決意した。「あの装置は勝手に触らせるべきではない」
一行は身を起こし、堂々と広間に入った。
「アラン・ダーシー」
レインの声が空間に反響した。「その装置から離れなさい」
アランたちは驚いて振り返った。彼の顔には一瞬の驚きの後、憎悪の色が浮かんだ。
「お前たちか。王の犬どもが」
「我々は国王陛下の命を受けています」
マルコスが前に出た。「あなた方のしていることは王国の法に違反する可能性があります」
アランは嘲笑した。
「法? 力こそが全てだ。創造者の力を手に入れれば、誰が王であるかなど関係ない」
彼はレインを睨みつけた。
「賢者の商会とやら。バレンフォードでも邪魔をしたな。伯父上から聞いている」
「我々は真実を追求しているだけです」
レインは冷静に答えた。「その装置は危険かもしれない。よくわからないものに手を出さないでください」
「お前に指図される謂れはない」
アランは魔法使いたちに合図した。「排除しろ」
緊張が高まる中、突然、工房全体が震動し始めた。床の魔法陣が青く光り、中央の「創造者の核」が強く輝き始めた。
「何が起きている?」
全員が驚き、足元が不安定になった。
「彼らの争いが装置を起動させた」
リーザが叫んだ。「魔力の反応が強まっている!」
魔法陣の光は次第に強くなり、中から何かが浮かび上がってきた。それは人型の光の姿だった。
「守護者……」
ケインが畏怖の念で呟いた。光の姿は次第に実体化し、純白の衣を纏った人物の形となった。性別を判別できない中性的な容姿で、澄んだ青い目をしていた。
「汝ら、何の目的で此処に来た?」
その声は直接心に響くようだった。
一瞬の沈黙の後、レインが一歩前に出た。
「我々は国王の命を受け、『創造者の工房』の秘密と『淵の影』について調査するために参りました」
彼は国王の印章を掲げた。守護者はそれを見て、わずかに頷いた。
「選ばれし者の使者か」
次に守護者はアランたちに向き直った。
「汝らは?」
「我らはダーシー家」アランは高慢に答えた。「創造者の力を手に入れるために来た」
守護者の表情が厳しくなった。
「私欲のために来たのか」
「力は使うためにある」アランは反論した。「無能な王家より、我々の方がよく使えるだろう」
守護者は静かに頭を振った。
「汝らは資格なし」
その言葉と共に、アランたちの周囲に光の壁が立ち上がった。
「何だ、これは!」
アランが叫んだが、光の壁は彼らを閉じ込め、動けなくしていた。
「心配するな」守護者が言った。「ただ去らせるだけだ」
光が強まり、アランたちの姿が霞んでいった。彼らは叫び声を上げるが、それも次第に遠ざかり、ついには完全に消えた。
「どこへ?」
レインが驚いて尋ねた。
「入口へ」守護者は答えた。「彼らに危害は加えておらぬ。ただ、二度とここには入れぬよう記憶を修正した」
全員が守護者の力に驚嘆していた。それは現代の魔法をはるかに超えていた。
「汝らは選ばれし者の使者」
守護者はレインたちに向き直った。「故に真実を知る資格がある」
守護者は手を広げ、周囲の空間が変化した。工房全体が光に包まれ、まるで星空の中に立っているかのような錯覚を覚えた。
「まずは我らの歴史を知れ」
守護者の言葉と共に、創造者たちの物語が映像として展開されていった。彼らが異世界から来たこと、この世界に文明を築いたこと、そして「淵の影」との戦いの記録。
「淵の影とは、次元の狭間に住まう混沌の存在」
守護者が説明した。「五百年周期で、この世界に接近する」
映像は続き、創造者たちが「淵の影」を封印する様子が示された。しかし、封印には大きな犠牲が伴った。
「我らはほとんどが力を使い果たした。残されたわずかな者たちは、この世界の人々と交わり、血を分けた」
「それが王家の起源……」
ハーマンが驚きの声を上げた。
「然り」守護者は頷いた。「王家には創造者の血が流れる。故に『選ばれし者』が現れるのだ」
映像は最後に、現在の状況を示した。封印は弱まりつつあり、「淵の影」が再び接近しているという。
「今代の『選ばれし者』は、準備をせねばならぬ」
守護者は真剣な表情でレインを見た。「汝はその使者として、真実を王に伝えよ」
レインは深く頷いた。
「しかし、何を準備すればよいのでしょう?」
「これを」
守護者は手を伸ばし、光の中から一冊の本が現れた。それは金属のような素材で作られ、表面には複雑な模様が描かれていた。
「これは『創造の書』。封印の方法と『淵の影』への対抗策が記されている」
レインは恭しく本を受け取った。
「これを『選ばれし者』に渡せ」
守護者は続けた。「そして、最後の試練の準備をさせよ」
「最後の試練?」
「『選ばれし者』は、創造者の血を証明せねばならぬ。それは『星の門』において行われる」
守護者は空間に新たな映像を示した。それは三角の峰の頂に位置する石の構造物だった。
「次の満月の夜、『選ばれし者』を連れてそこに来い」
守護者の姿が次第に薄れていった。
「我らの希望は汝らにある。淵の影が再び迫る今、世界の運命は『選ばれし者』の手に」
その言葉を最後に、守護者は完全に消え、工房は元の状態に戻った。しかし、レインの手には確かに『創造の書』があった。
一行は静かに立ち尽くしていた。彼らが目にしたものは、王国の歴史を覆すほどの重大な真実だった。
「これが、我々の使命だったのか」
レインは呟いた。彼は『創造の書』を大切に抱え、仲間たちを見渡した。全員が同じ決意を持っているのを感じた。
「王都に戻り、エドガー王子に報告しなければ」
アイリスが言った。「彼こそが『選ばれし者』なのだから」
全員が頷いた。彼らの旅は終わりではなく、むしろ真の始まりだった。世界の運命を左右する大きな使命が、彼らに課せられたのだ。
「先生」レインは心の中でギルバートに語りかけた。「私は重要な真実を見つけました。この世界での使命が、ようやく明らかになりました」
工房を後にする前に、一行は必要な資料や遺物を慎重に収集した。この発見は、王国の未来だけでなく、レインたち自身の運命も変えることになるだろう。
(第二十七話 終)
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