第25話:古文書の発見
王立図書館の奥深くにある研究室は、古書の香りに満ちていた。レインとアイリスは三日目の調査を続けていた。机の上には様々な古文書や地図が広げられ、二人はその解読に没頭していた。
「これが『創造者の工房』に関する最古の記述だ」
レインは黄ばんだ羊皮紙を丁寧に広げた。そこには奇妙な文字と図形が描かれていた。
「この文字は古代語ね」アイリスが覗き込んだ。「エルフの長老から少し教わったけど、難しいわ」
「ギルバート先生の教えを思い出そう」
レインは目を閉じ、前世での師の声を思い出した。古代語の解読法、文脈から意味を推測する方法——それらの記憶が蘇ってくる。
「『空と大地の力が交わる場所に、創造者は叡智の殿堂を築いた』」
彼は少しずつ訳していった。アイリスも別の資料を調べながら、時折助言を与えた。エルフの知識が解読を助けていた。
「『東の高き山、三つの峰が星を指す所に、入口は隠されている』」
「三つの峰……」アイリスは地図を見つめた。「東の山脈には多くの峰があるけど、三つ揃って何かを指すような形状は……」
レインは別の巻物を手に取った。そこには星座図が描かれていた。
「これは天体観測の記録だ。古代の人々は星の動きを重視していたようだ」
二人が熱心に調査を続けていると、扉が開き、ハーマン館長が入ってきた。彼の手には分厚い革装丁の書物があった。
「これを見てほしい」
ハーマンは本を開き、特定のページを指した。
「最近整理された資料の中から見つけた。『守護者の記録』と呼ばれる書物だ」
三人は新たな資料に目を通した。それは先々代の王が残した記録だった。彼もまた「選ばれし者」として、若い頃に「創造者の工房」を訪れたという。
「ここに場所の手がかりがある!」
レインは興奮を抑えられなかった。記録には「三角の山」「三日月の湖」「朝日の門」という言葉が記されていた。
「三角の山……それは三つの峰のことだろう」
アイリスが地図を広げ、東山脈の地形を確認した。
「ここかもしれない」
彼女が指したのは、山脈の中でも特に険しい一角だった。三つの峰が三角形を形作る特徴的な場所。その近くには三日月型の湖もあった。
「これだ」レインは確信した。「『創造者の工房』の場所を特定できた」
ハーマンも同意した。
「先王の記録と一致する。間違いないだろう」
調査チームの結成は国王の命令で既に始まっていた。リーザも魔法学院から特別に招かれ、昨夜到着していた。
「リーザにも確認してもらおう」
レインは通信結晶で彼女を呼び出した。
***
リーザが研究室に到着すると、彼女は特有の好奇心に満ちた表情で資料を確認した。
「素晴らしいわ!」
彼女は特に星座図に関心を示した。
「これは冬至の夜空だわ。創造者たちは天体の動きを重視していたの。特定の日に、特定の星座が三つの峰の上に揃うと……」
「入口が開く?」レインが推測した。
「それか、見つけやすくなるのね」リーザは頷いた。
四人は更に調査を進めた。古代語の解読、地図の分析、先王の記録の照合——全ての情報を組み合わせることで、全体像が少しずつ明らかになっていった。
「『創造者の工房』は単なる遺跡ではない」リーザは表情を引き締めた。「強力な魔力が集まる場所。古代の魔法文明の中心地だったわ」
「そして『淵の影』を封じる鍵がある場所でもあるのか」
レインの言葉に全員が沈黙した。これが単なる知的好奇心の探求ではなく、王国の安全に関わる重大な任務であることを再認識した瞬間だった。
午後になると、ソフィア王女とエドガー王子が図書館を訪れた。エドガーは前よりも元気な様子で、目には好奇心が輝いていた。
「調査はどうですか?」ソフィアが尋ねた。
「場所を特定できました」
レインは発見を説明した。王子は特に興味深く聞き入っていた。
「私の夢と一致します」彼は言った。「よく見る古代都市の風景に、三つの峰と三日月の湖があります」
その言葉に、全員が驚きの表情を見せた。王子の夢は単なる幻ではなく、実在の場所を示していたのだ。
「出発の準備はできていますか?」エドガーが尋ねた。
「はい」レインは頷いた。「明日の夜明けに出発する予定です」
ソフィアは心配そうな表情を浮かべた。
「ダーシー派の動きが気になります。昨日、彼の甥が大勢の従者を連れて王都を出たという報告がありました」
「急がなければ」
リーザの表情が厳しくなった。
「彼らが先に工房を発見したら……」
「そうはさせません」
アイリスが決意を示した。
この緊急事態を受け、出発を今夜に早めることになった。必要な装備と人員は既に整っていた。騎士四名、リーザ、レイン、アイリス、そしてハーマン館長——小規模だが信頼できるメンバーだった。
「出発前に、王子様の最終診察をしましょう」
アイリスの提案に全員が同意した。
***
王子の居室では、最後の治療セッションが行われていた。アイリスは特別な薬草を用いた療法を施し、レインは魔力の流れを調整した。
「王子様の状態は安定しています」
レインは診察結果を告げた。
「三週間分の薬をご用意しました」アイリスが小さな箱を差し出した。「私たちがいない間も、これを朝夕二回お飲みください」
エドガーは感謝の言葉を述べた後、真剣な表情になった。
「私も同行したいのです」
「王子様」リーザが静かに言った。「あなたはここで別の重要な役割があります。夢を通じて『創造者の工房』とのつながりを維持することです」
「そうですね」
エドガーは渋々同意した。しかし、その目には落胆の色が見えた。
「もし何か新しい夢を見たら、すぐにソフィア姉上に伝えてください」レインが付け加えた。「そして、姉上から通信結晶で私たちに知らせていただきます」
計画が固まった。出発は数時間後に迫っていた。
「私たちが戻るまで、どうか無理をしないでください」
アイリスは心配そうに王子を見た。エドガーは微笑んで頷いた。
「あなた方も気をつけて。特にダーシー派には注意を」
彼は窓の外を見た。
「彼らは表向き引き下がったように見せて、裏で動いています。昨夜も伯爵の側近が密かに王城を出たのを見かけました」
この情報に全員が緊張した。
***
夕刻、国王アレクサンダー四世は探索隊を私室に呼び、最後の言葉をかけた。
「この任務は王国の未来に関わる重大なものだ」
彼は表情を引き締めた。
「『創造者の工房』と『淵の影』——これらの秘密を解き明かし、我が国を守ってほしい」
レインたちは深く頭を下げた。
「全力を尽くします」
国王は特別な印章を彼らに与えた。
「これは王の印。どこでも我が名の下に行動できる証だ」
さらに、地図や必要な装備、食料なども全て用意された。入念な準備が整った。
「レイン殿」国王は最後に一言添えた。「君の知恵を信じている。賢者の名に恥じぬ活躍を」
「恐縮です」
レインは深く頭を下げた。前世での経験と知識が、この重要な任務で役立つことを願った。
準備が整い、日が落ちた頃、探索隊は王城の裏門から静かに出発した。人目を避けるため、夜間の移動が選ばれた。
「まずは東の山麓まで馬で進み、そこから徒歩で山に入ります」
リーザが計画を確認した。三日で山麓に着き、そこから二日で目的地に到達する予定だった。
馬車が王都を出る頃、レインとアイリスは振り返って王城を見上げた。王子の部屋の窓から、エドガーが手を振っているのが見えた。
「無事に戻りましょう」
アイリスの声には決意が込められていた。
「ああ」レインも頷いた。「そして『創造者の工房』の秘密を解き明かそう」
***
一行が王都を出てから二時間ほど経った頃、森の中で馬車を停めて周囲の安全を確認した。
「今のところ追跡の気配はありません」
騎士団長のマルコスが報告した。彼は王室に忠実な熟練の戦士だった。
「とはいえ、油断はできませんな」
ハーマン館長が言った。高齢ながらも、この重要な探索に同行を希望したのだった。
「リーザ、魔力探知の結果は?」
レインが尋ねると、彼女は小さな水晶球を覗き込んだ。
「現在は安全よ。でも……」
彼女は眉をひそめた。
「東の方角に強い魔力の波動を感じる。自然のものとは思えないわ」
「ダーシー派が何か仕掛けている?」
アイリスが心配そうに言った。
「可能性はあります」マルコスが厳しい表情で答えた。「伯爵の甥には魔法使いが数名仕えていると聞きます」
一行は警戒を強めながら、旅を続けることにした。
夜が更けていく中、レインは馬車の中で古文書を再度確認していた。その内容は複雑で、完全に理解するにはまだ時間が必要だった。
「これは……」
彼は一つの言葉に目を留めた。「選別」という単語だった。
「『淵の影がこの世界に迫るとき、選ばれし者は選別を受ける』」
アイリスがレインの横に座った。
「選別? 何のことかしら」
「わからない」
レインは頭を振った。しかし、この言葉が重要な意味を持つことは感じていた。
馬車は夜を通して進み続けた。道中、二度ほど他の旅人とすれ違ったが、特に怪しい様子はなかった。夜明け前、一行は小さな村に到着し、そこで休息を取ることにした。
「ここで数時間休みましょう」
マルコスが提案した。「馬も人も疲れています」
村の宿は質素だったが、清潔で静かだった。レインたちは二部屋に分かれて休むことにした。
「少し眠ろう」
リーザが提案した。「昼間はさらに警戒が必要になる」
アイリスが窓の外を見つめていた。
「レイン、あれを見て」
彼女が指さす方向に、一羽の鳥が飛んでいた。一見普通の鷹のようだったが、その動きはどこか不自然だった。
「魔法の使役獣?」
レインは鷹を観察した。確かに通常の野生動物とは違う動きをしていた。
「見張りか、それとも通信手段か」
リーザが鷹を見つめた。「いずれにしても、誰かに監視されている可能性がある」
アイリスが小さな袋から粉末を取り出した。
「エルフの隠蔽粉です。魔力の痕跡を消します」
彼女はその粉を部屋の窓枠に撒いた。
「これで私たちの居場所は魔法では探知できないはず」
この細心の注意が功を奏したのか、鷹はしばらく上空を旋回した後、別の方向へ飛び去った。
「ひとまず安全ね」
リーザはほっとした表情を見せた。「少し休みましょう」
レインは休む前に、もう一度地図を確認した。ルートは順調で、予定通りなら明後日には山麓に到着するはずだった。
「創造者の工房……」
彼は地図上の目的地を指でなぞった。
「そこで何を見つけることになるのだろう」
窓から差し込む朝日が、古い地図を黄金色に照らした。未知への旅は始まったばかりだった。
***
昼過ぎ、休息を終えた一行は再び出発した。道は次第に人気が少なくなり、風景も変わっていった。
「この辺りから東国境地域です」
マルコスが説明した。「人口は少なく、開発もあまり進んでいません」
確かに、集落は点在するだけで、広大な自然が広がっていた。ところどころに廃墟も見られた。
「数百年前、この地域は栄えていたそうです」
ハーマン館長が話し始めた。「古文書によれば、『創造者』たちの時代には、この辺りにも都市があったとか」
「何があったのでしょう?」
アイリスが尋ねた。
「大災害と記録されているが、詳細は不明だ」ハーマンは答えた。「おそらく『淵の影』と関係があるのだろう」
この会話が行われている最中、リーザが突然身を固くした。
「止まって!」
彼女の声に、馬車は急停止した。
「前方に魔力の障壁がある」
リーザは魔力探知の水晶を使って確認していた。
「罠ですか?」レインが尋ねた。
「そうではないわ」リーザは慎重に答えた。「自然発生したものでもない。意図的に設置された結界ね」
マルコスと二人の騎士が先行して調査に向かった。彼らが戻ってくると、深刻な表情をしていた。
「道が分断されています」マルコスが報告した。「大きな岩が落ちて通行不能になっています。しかし、それは自然の落石とは思えません」
「魔法で引き起こされたものか」
レインは思案した。周囲を迂回するか、それとも別のルートを探すか。
「地図では、これが最短ルートね」
リーザが地図を広げながら言った。「迂回すると一日以上の遅れが出る」
「迂回しましょう」
アイリスが提案した。「罠かもしれません」
全員が同意し、北回りの迂回路を取ることにした。道は険しくなり、馬車の進行も遅くなった。
「これは計算済みの妨害ですね」
ハーマンが呟いた。「ダーシー派が先に『創造者の工房』に到達しようとしている」
レインも同じ考えだった。しかし、彼には別の懸念もあった。
「なぜダーシー家はそこまで『創造者の工房』にこだわるのだろう」
「権力と知識」
リーザが静かに答えた。「古代の魔法技術は強大な力をもたらす。それを独占すれば、王室さえも凌ぐ影響力を得られるかもしれない」
その考えに全員が黙り込んだ。この探索は単なる学術調査ではなく、王国の権力構造にも関わる重大なものだった。
夕方、一行は小さな渓谷に差し掛かった。そこで不思議な光景に出会った。渓谷の入口に一本の古木があり、その幹には謎の文字が刻まれていた。
「これは……」
ハーマンが近づいて観察した。
「古代語だ。『道は選ぶものに開かれる』と書かれている」
「何を選ぶのでしょう?」アイリスが尋ねた。
レインは古木の前に立ち、刻印を鑑定した。
「これは単なる文字ではない。魔力が込められている」
リーザも魔法の痕跡を確認した。
「古代の門番ね。通行を許可する者と拒否する者を選別しているわ」
「選別……」
レインはこの言葉に反応した。古文書にあった「選別」という言葉を思い出したのだ。
「『選ばれし者』に関係しているのかもしれない」
彼はエドガー王子のことを考えた。王子が夢で見た景色に、この渓谷も含まれていたのだろうか。
「試してみよう」
レインは古木に手を触れた。するとその瞬間、木に刻まれた文字が青く光り始めた。渓谷の中に道が現れたのだ。
「通してくれたわ」
リーザは驚きの声を上げた。「あなたが『選ばれし者』と認められたのね」
「いや」レインは首を振った。「私ではない。エドガー王子の代理として、王の印章があるからだろう」
彼は国王から与えられた印章を示した。それは古木の光に反応して、同じく青い光を放っていた。
「いずれにせよ、道が開かれました」
マルコスが前方を指さした。「進みましょう」
渓谷の中に進むと、空気が変わったように感じられた。どこか神秘的な雰囲気が漂い、自然の音も静かになった。
「不思議な場所ね」
アイリスが周囲を見回した。渓谷の壁には、かすかに浮き彫りが見える部分があった。年月の風化で判別しにくいが、明らかに人工的なものだった。
「ここは既に『創造者』たちの領域の入口なのかもしれません」
ハーマンが興奮した様子で言った。「古代文明の痕跡がこんなに残っているとは」
日が沈み始めると、一行は渓谷内の平らな場所に野営を設営した。警戒のため、交代で見張りに立つことになった。
「明日は山麓に到着するはずだ」
マルコスが地図を確認しながら言った。「そこから『三角の山』を目指します」
夜が更けていく中、レインは一人で考え事をしていた。真理の結晶を手に、その淡い光に照らされながら。
「先生、ついに『創造者の工房』に近づいています」
彼は静かに語りかけた。
「そこで何を見つけることになるのか。この世界での私の役割とは何なのか」
結晶はかすかに光を放った。まるでギルバートが彼を見守っているかのようだった。
渓谷の上空に星が輝き、『三角の山』への道を照らしていた。未知の発見と、そして潜在的な危険が待ち受ける旅路は、まだ始まったばかりだった。
(第二十五話 終)
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