第10話:最初の仲間
開店から一ヶ月が経ち、「賢者の商会」はバレンフォードで確かな地位を築きつつあった。店の評判は町中に広がり、遠方から訪れる客も増えてきた。
朝の光が差し込む店内で、レインは新しい商品の開発に取り組んでいた。机の上には様々な器具と素材が並んでいる。
「これでいいはずだ……」
彼が完成させたのは「魔力触媒」と名付けた粉末だった。魔石の粉と特殊なハーブを混ぜ合わせたもので、魔法の詠唱を助ける効果がある。魔法の習得に苦労している学生たちをターゲットにした商品だ。
レインは粉末を小さな瓶に詰め、ラベルを貼り付けた。「魔力触媒—初級魔法の成功率を高める—」と書かれている。
「開店の準備をしよう」
彼は商品を棚に並べ、店の掃除を済ませた。商会は着実に成長していた。最初の魔石ランプは大ヒットとなり、バレンフォード中の宿や店で使われるようになった。続いて開発した浄水石(水を浄化する小石)も好評で、特に旅人たちに人気だった。
開店時間になり、レインが扉を開けると、すでに数人の客が待っていた。その中に、一人の若い女性がいた。彼女は洗練された服装で、知的な雰囲気を漂わせていた。
「おはようございます。いらっしゃいませ」
レインは客たちを迎え入れた。他の客が商品を見て回る中、若い女性はまっすぐにレインに向かってきた。
「あなたが噂の少年商人?」
「はい、レインと申します」
女性は興味深そうにレインを観察した。
「私はリーザ。マグノリア魔法学院の研究者よ」
リーザと名乗った女性は、カバンから小さな水晶を取り出した。
「これを見てもらえるかしら?」
レインは水晶を手に取り、鑑定した。
「これは……魔力増幅水晶。純度は80%ほど。特定の属性——風の魔法と相性が良いようです」
「正確ね」リーザは感心した様子だった。「私の研究では風属性との相性までは特定できなかったわ」
「他にも何か特徴がありますか?」
「そうね……」リーザは考え込んだ。「この水晶、使うと不安定になるの。増幅はするけど、制御が難しくて」
レインは再び水晶を鑑定した。より深く集中すると、新たな情報が得られた。
「内部に微小な亀裂があります。そのため魔力の流れが乱れているのでしょう」
「亀裂?」リーザは驚いた。「どうすれば直せるの?」
「低温の魔力で満たし、ゆっくりと冷却すれば、亀裂は修復できるかもしれません」
レインの提案にリーザの目が輝いた。
「それは……試してみる価値があるわ」
他の客の対応を済ませた後、レインはリーザと詳しく話す時間を取った。彼女はマグノリア魔法学院で魔法結晶の研究をしている若手研究者だった。伝統的な理論に縛られない自由な発想が買われず、学院内では評価が低かったという。
「でも、あなたの店の噂を聞いて、きっと理解してもらえると思ったの」
リーザはレインの商品——特に魔石ランプに興味を示した。
「これ、面白いわ。魔石の光増幅効果を利用しているのね。通常は不安定なのに、どうやって安定させたの?」
「特殊な保持方法です」レインは説明した。「魔石を特定の角度で配置し、エネルギーの流れを一定にしています」
「素晴らしい発想ね」リーザは感心した。「これなら私の研究にも応用できるかも」
彼女は自分の研究——魔力触媒の改良について語り始めた。レインが開発したものと似ているが、より高度な魔法を対象にしていた。
「実は今日、あなたに提案があって来たの」リーザは真剣な表情になった。「一緒に研究しないかしら? 私の理論とあなたの実践的アプローチを組み合わせれば、画期的な魔法道具が作れるはず」
レインは心が躍った。魔法学院の研究者との協力——これは大きなチャンスだった。
「喜んでお受けします」
二人は早速、共同研究の計画を立て始めた。リーザはレインの作業場を見て回り、設備に感心した。
「ここでこれだけのものを作っているなんて。才能があるわ」
「ギルバート先生から学んだことを活かしているだけです」
「ギルバート?」リーザの目が見開いた。「あの賢者ギルバートの弟子だったの?」
「はい」レインは少し寂しげに答えた。「先生は最近亡くなりました」
「そうだったのね……」リーザは同情的な目をした。「彼の論文は魔法学院でも高く評価されていたわ」
話が弾む中、店の扉が開いた。一人の男性が苦しそうな表情で入ってきた。
「助けてくれ……」
男は数歩歩いただけで倒れこんだ。レインとリーザは急いで駆け寄った。
「どうしました?」
「毒……森の毒茸を間違えて食べたんだ……」
男の顔は青白く、冷や汗が額を伝っていた。明らかに毒の症状だった。
「リーザさん、医者を呼んできてください!」
リーザが走り出している間に、レインは応急処置を始めた。前世の知識とギルバートから学んだ治療法を思い出す。
「吐き出させなければ……」
彼は店の奥から緊急用の薬を取り出し、男に飲ませた。それは催吐剤で、毒を体内に吸収される前に吐き出させるものだった。
男は激しく嘔吐し始めた。レインは容器を用意し、汚れた床を拭いながら男の背中をさすった。
「大丈夫です。毒が出ていきます」
医者が到着したときには、男の容態は少し落ち着いていた。医者はレインの処置を見て頷いた。
「適切な対応だ。これ以上の処置は私がする」
レインは安堵した。医者は男を診察し、解毒剤を投与した。
「一晩観察が必要だ。私の診療所に連れていこう」
男が運び出された後、リーザはレインに感心したように言った。
「冷静な対応ね。医学の知識もあるの?」
「少しだけ」レインは謙虚に答えた。「先生から応急処置は教わりました」
店内を片付けた後、二人は研究の続きに戻った。リーザはバレンフォードに一週間滞在し、毎日商会に通うことになった。
***
数日後、レインとリーザは共同開発した「高級魔力触媒」の実験を行っていた。それは彼らの理論と技術を組み合わせた新しい製品だった。
「理論上は魔法の効率が30%上がるはず」リーザは説明した。「試してみましょう」
彼女は小さな魔法陣を描き、触媒を振りかけた。呪文を唱えると、予想以上に強力な風が巻き起こった。
「すごい! これは成功よ!」
リーザは興奮した。実験は大成功だった。彼らの触媒は予想以上の効果を示したのだ。
「これは商品になりますね」レインも満足げだった。
「ええ、魔法学院の学生たちに需要があるわ」
二人が結果を記録していると、店の扉が開いた。入ってきたのは以前毒茸を食べた男だった。彼は健康を取り戻したように見えた。
「お礼を言いに来たんだ」男は深々と頭を下げた。「君の対応がなければ、危なかったかもしれない」
「どういたしまして」レインは微笑んだ。「お元気になられて何よりです」
「自己紹介が遅れたな」男は手を差し出した。「オスカー・ウィンドという薬草採集家だ」
オスカーは中年で、風貌は荒々しいが目は優しかった。彼は薬草の知識を買われ、医者や薬屋に素材を提供していたという。
「実は提案があってね」オスカーは言った。「私が集めた薬草を君の店で扱ってもらえないだろうか。この前の恩もあるし、良い条件にするよ」
レインは興味を示した。良質な薬草は彼の商品開発に必要だった。
「もちろん、喜んで」
オスカーはカバンから様々な薬草の束を取り出した。
「これらはバレンフォード周辺で採れる上質な薬草だ。特に青い花のハーブは『癒しの息吹』と呼ばれ、傷の治癒を早める」
レインは薬草を一つ一つ鑑定した。確かに質の良いものばかりだった。
「素晴らしい品質です。ぜひ定期的に納入していただけませんか?」
「ああ、喜んで」オスカーは嬉しそうに頷いた。「週に一度は町に来るから、その度に寄らせてもらう」
こうして、レインの商会は新たな仕入れルートを確保した。オスカーの薬草は高品質で、商品開発に大いに役立った。
***
一週間が過ぎ、リーザがマグノリアに戻る日が来た。
「本当にありがとう、レイン」彼女は感謝の言葉を述べた。「共同研究は大成功だったわ」
「こちらこそ」レインは笑顔で答えた。「また来てください」
「ええ、必ず」リーザは約束した。「それに、学院の指導者にもあなたの店のことを報告するわ。きっと興味を持つはず」
彼女は去り際に、一枚の紙をレインに渡した。
「これは魔法通信の符だわ。何か相談したいことがあったら、これに魔力を注げば私に届くわ」
レインは大切そうに符を受け取った。
「ありがとうございます」
リーザが去った後、店はいつもの静けさを取り戻した。しかし、レインの心は充実感で満ちていた。研究者のリーザと薬草採集家のオスカー——二人との出会いは、彼の商会に新たな可能性をもたらした。
夕暮れ時、一日の仕事を終えたレインは、真理の結晶に語りかけた。
「先生、今日で開店から一ヶ月が経ちました。少しずつですが、確実に成長しています」
結晶は静かに輝いていた。
「リーザさんとオスカーさんという協力者も得ました。これからもっと商会を発展させます」
レインは作業台に向かい、新しい商品のアイデアをノートに書き始めた。リーザとの共同研究で得た知識を活かした魔法道具、オスカーの薬草を使った新しい薬——可能性は広がっていた。
窓の外では、バレンフォードの夜景が輝き始めていた。「賢者の商会」の明かりもその一部として、温かく光を放っている。
レインの新しい旅路は、ようやく本格的に始まったところだった。
(第十話 終)
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