第7話:冒険者ギルドの門
冬の冷たい朝だった。ギルバートの死から二週間が過ぎていた。レインは早朝から起き出し、準備を始めていた。今日は特別な日——自分の新しい道を探すための第一歩を踏み出す日だった。
「ギルバート先生、見ていてください」
レインは窓辺に置かれた真理の結晶に語りかけた。結晶は朝日を受けて美しく輝いている。彼は結晶を小さな布袋に入れ、首から下げた。
荷物はわずかだった。ギルバートから受け継いだ本と、少しの衣類、そして村人たちからの餞別の銀貨数枚。これが彼の全財産だった。
「レイン、出発するの?」
ドアをノックする声がした。開けると、リリーが立っていた。村の少女は悲しそうな顔をしていた。
「うん。これからギルドに登録してくる」
「戻ってくる?」
「もちろん」レインは微笑んだ。「ここが私の家だから」
リリーは安心したように頷いた。彼女はレインに小さな包みを渡した。
「お母さんが作ったサンドイッチ。道中で食べて」
レインは感謝して受け取った。村の人々は皆、彼を気にかけてくれていた。ギルバートが亡くなった後も、隣人たちが交代で食事を持ってきてくれたり、家の修繕を手伝ってくれたりした。
「行ってくるよ」
レインは村を後にした。目的地は村から半日の距離にある小さな町、バレンフォード。そこには地域を管轄する冒険者ギルドの支部があった。
***
バレンフォードは石垣に囲まれた小さな町だった。村より大きいが、マグノリアほどではない。商業と農業が盛んな地方の中心地だった。
町の入口で、レインは門番に入町の理由を告げた。
「冒険者ギルドですか? 正面通りを真っすぐ行った広場の向こうにありますよ」
レインは礼を言い、町に入った。通りには様々な店が並び、人々が行き交っていた。マグノリアほど華やかではないが、それでも村とは比べものにならない活気があった。
広場を抜けると、大きな建物が見えてきた。入口には剣と盾のマークが掲げられている。これが冒険者ギルドだった。
入口を入ると、広いホールがあり、多くの人で賑わっていた。様々な格好をした男女が、壁に貼られた掲示を見たり、テーブルで談笑したりしていた。
「何かお手伝いできることはありますか?」
受付から女性が声をかけてきた。三十代くらいの落ち着いた雰囲気の女性だった。
「冒険者になりたいのですが」
女性はレインを見て、少し驚いた様子だった。
「随分お若いですね。何歳ですか?」
「十二です」
実際の年齢は答えた。レインの意識は三十二歳だったが、この世界での体は十二歳だった。
「最低年齢は十五なのですが……」女性は考え込んだ。「見習いならば可能かもしれません。ギルドマスターに相談しましょう」
彼女はレインを奥の部屋へと案内した。そこには大きな机を前に、年配の女性が書類を整理していた。
「マーサ様、新しい志願者です」
マーサと呼ばれた女性は顔を上げた。彼女は五十代くらいで、強い眼差しをしていた。鎧を身につけており、かつての冒険者だろうと推測できた。
「若いな」マーサはレインを見つめた。「名前は?」
「レインと申します」
「レイン……」マーサは何かを思い出すように目を細めた。「ひょっとして、マグノリアのギルバート賢者の弟子ではないか?」
レインは驚いた。「はい、そうです。ご存知だったのですか?」
「ギルバートとは古い友人だ」マーサは立ち上がった。「彼の訃報は聞いた。惜しい人を失った」
レインは黙って頷いた。マーサは彼を詳しく見た。
「ギルバートが弟子にしたからには、何か特別な才能があるのだろう?」
レインは少し躊躇った後、正直に答えた。
「万物鑑定の能力があります」
「鑑定か……」マーサは興味を示した。「試してみよう」
彼女は引き出しから何かを取り出し、レインに渡した。それは小さな石だった。
レインは石に触れ、能力を発動させた。
「これは……鉄鉱石の一種。純度は60%程度。特殊な不純物を含んでおり、通常の精錬では取り除けません。しかし、草酸塩を用いた前処理を行えば、高純度の鉄に精錬可能です」
マーサは目を見開いた。
「正確だ。この石は多くの鑑定師が普通の鉄鉱石と判断したものだ」
レインは石を返した。マーサは考え込むように椅子に座った。
「通常なら年齢的に断るところだが、その能力は貴重だ」彼女は決断したように言った。「見習い冒険者として登録しよう。ただし実際の危険な任務には就けない」
「ありがとうございます」
マーサは書類を取り出し、必要事項を記入し始めた。
「ギルドには様々なランクがある。最下級のE級から始まり、D、C、B、A、そしてS級だ。今のあなたはE級見習いだ」
彼女はレインの情報を記入し、最後に印を押した。
「これであなたは正式にギルドの一員だ」
マーサはレインに小さな金属板を渡した。それには「E級見習い冒険者」と刻まれていた。
「ギルドカードだ。身分証明になる。大事にしなさい」
レインはカードを受け取り、胸を張った。これが新しい一歩の始まりだった。
「さて、何から始めようか」マーサは立ち上がった。「まずはギルドの仕組みを教えよう」
***
マーサはレインをギルド内部へと案内した。彼女は施設の説明をしながら、冒険者の仕事について詳しく話した。
「冒険者の主な仕事は三つ。魔物退治、探索、そして護衛だ」
ホールの壁には大きな掲示板があり、様々な依頼が貼られていた。レインはそれらを興味深く見た。
「依頼は難易度別に色分けされている」マーサは説明した。「青はE級、緑はD級、黄色はC級、赤はB級以上だ」
掲示板のほとんどは青と緑の依頼だった。赤い依頼は数枚しかなかった。
「見習いの君にできる仕事は限られている」マーサは続けた。「主に事務作業や、簡単な鑑定だ」
レインは少し残念に思ったが、仕方なかった。彼の体は確かに子供のものだった。
「では、最初の仕事をしよう」
マーサはレインを鑑定室へと連れていった。そこには様々な物品が並べられていた。
「これらは冒険者たちが持ち帰った品々だ。これらを鑑定し、記録してほしい」
レインは張り切って作業を始めた。様々な鉱石、植物、時には不思議な液体が入った瓶まであった。彼は一つ一つ丁寧に鑑定し、マーサが用意した用紙に記録していった。
作業を進めるうちに、レインは鑑定の深さが増していることに気づいた。以前より多くの情報が得られるようになっていたのだ。
「これは緑色の液体……『生命の雫』と呼ばれる薬草の抽出液。傷の治癒を早める効果があります。純度は85%。保存方法によっては効果が三倍になる可能性があります」
マーサはレインの鑑定結果に感心していた。
「驚くべき才能だ。通常の鑑定師では、ここまで詳細な情報は得られない」
午後になり、レインは一通りの鑑定を終えた。彼は少し疲れていたが、充実感があった。
「今日はよく働いた」マーサは微笑んだ。「報酬だ」
彼女はレインに三枚の銀貨を渡した。
「これだけ?」レインは思わず言ってしまった。彼が鑑定した中には、かなり価値のある品もあったはずだ。
マーサは笑った。「見習いの初日にしては十分だ。それに、あなたの鑑定結果はギルドにとって価値がある。経験を積むことも報酬のうちだよ」
レインは銀貨を受け取った。確かに、村で働く大人の日給よりは多かった。
「明日も来てもらえるか?」マーサは尋ねた。「定期的に鑑定作業があるので、週に三日ほど来られると助かる」
レインは即座に頷いた。「喜んで」
***
夕方、レインはギルドを後にした。彼は村に戻る前に、町を少し歩くことにした。
市場では様々な品が売られていた。レインは自分の報酬で何か買おうと考えた。食料品を見てまわると、珍しい果物が目に入った。
「これは何ですか?」
果物屋の老人は笑顔で答えた。「ブルームフルーツだよ。珍しい果物で、魔力回復に効くんだ」
レインは一つ手に取り、鑑定した。
「確かに魔力回復効果がありますね。他にも……精神を落ち着かせる効果も」
老人は驚いた顔をした。「よく知っているね。鑑定師かい?」
「見習いです」
「へえ、若いのに」老人は感心した様子だった。「そうだ、もし興味があれば、市場で鑑定の仕事をしてみないか?」
「市場で?」
「そうさ。市場の一角に鑑定屋を出せば、商人たちが喜ぶだろう」
レインはその提案に興味を持った。冒険者ギルドでの仕事に加え、市場での鑑定も行えば、収入が増えるだろう。
「考えておきます。ありがとうございます」
彼はブルームフルーツを一つ購入し、村への帰路についた。
***
村に戻ったレインは、ギルバートの家——今は彼の家——に入った。静かな部屋の中で、彼は窓辺に真理の結晶を置いた。
「先生、今日はギルドに登録してきました」
結晶に向かって話すのは、すっかり習慣になっていた。
「鑑定の仕事を任されました。ギルドマスターのマーサさんは先生の知り合いだったようです」
レインは一日の出来事を結晶に語りかけた。話しながら、彼は今日の鑑定記録を整理し、自分のノートに書き写した。
「でも、冒険者としては物足りないかもしれません」
彼は正直な気持ちを吐露した。鑑定は重要な仕事だが、本当の冒険——探索や戦いには参加できない。彼の能力は後方支援に限られていた。
「もっと自分にできることがあるはずです」
レインは窓から夜空を見上げた。星が瞬いている。
「先生の言った通り、自分の道を見つけなければ」
彼は決意を新たにした。冒険者としての道は、まだ始まったばかりだ。そして、それが彼の最終的な道かどうかも、まだわからない。
「明日からも頑張ります」
レインはノートを閉じ、ベッドに向かった。充実した一日の疲れで、彼はすぐに眠りについた。
(第七話 終)
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