白夜からサヨナラを

鴻 黑挐(おおとり くろな)

音楽特番、ステージ袖

 「ねえ、ビャッくん。これ、なんて読むの?」


俺にもたれかかるように座っているズキアが、新曲の歌詞のある箇所を指差す。


「ああ……。『ぐうぞう』だね。『idle』ってルビが振ってあるけど」

「アイドルはわかるけど……。グーゾーって、なに?」

「偶像って言うのは……」


そこで俺は言い淀んだ。さて、なんて説明すれば良いんだろう?


 偶像idle。神や仏を人の形に押し込めたもの。人の心の拠り所、あるいは崇拝のターゲット。……転じて、それは俺たちのような職業を指す。

――つまりは『アイドル』だ。


「……大仏、みたいな」


悩みに悩んで、俺はそんな事を言った。


「えー?オレたちってダイブツなのー?」

「こらこら、アイドルがそんな顔しちゃダメだろ」


俺はシワが寄ったズキアの眉間に親指と人差し指を当てて、シワを伸ばすようにピンチアウトする。


「いいじゃん別に。誰も見てないんだし」

「誰も見ていないからこそだ。常にアイドルであるという自覚を……」


背後に立った二人が、俺たちの肩を同時に叩いた。


「お二人さん、いつまでイチャついてんの?」

「そろそろ出番だぞ」


ズキアが立ち上がる。


「オトやん!テンちゃん!」


そのままステージに行こうとしたズキアの手からサッと歌詞カードを取り上げ、裏返してペットボトルの下に敷く。


I-MENZイメンズの皆さん、スタンバイお願いしまーす」

「はーい!」


スタッフの声がけに、ズキアが高く手を上げて返事する。


「相変わらずだな、天津爛漫てんしんらんまんボーイ」

「流石『全人類の弟』って感じ」


意気揚々いきようようと歩き出すズキアの背中を見て、俺たちは肩を揃えて苦笑した。


「行こう、みんな!」


振り返ったズキアが手を伸ばす。舞台袖から漏れ出るスポットライトを背負った彼が朝日を背負っているように眩しくて、俺は思わず目を背けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る